羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「え、行きたい行きたい! お兄ちゃん、美大生の子とかどこで知り合ったの?」
 誤算だった。二つ返事でオッケーされてしまった。お前ライブはどうすんの、って聞いたら「夜からだもん」との返事だ。そ、そう……そうね……。
「偶然縁があったんだよ。それだけ」
「ふうん? 美大の文化祭って楽しそうだよねー。っていうかここ知ってる、高校のときの先輩が目指してたとこだ」
「割と有名? オレも名前だけは聞いたことあるわ」
 トップではないがトップレベルではある、くらいだと思う。春継は、『おれには普通の大学のほうが向いているって分かっていたんだけれどね。第一志望は落ちたし』なんて言っていただろうか。あいつ、勉強に関してかなり優秀だ。オレも一応人並み以上な自覚はあるけど、春継は本当のトップ層の成績。これで絵の練習まで並行でこなしているというのだからかなりすごいと思う。春継の場合、勉強が得意というよりはスペックの高さの一環で成績がいいって感じなので、社会人になったときが楽しみだったりする。きっと仕事も要領よくこなすことだろう。
「そういえば、美大の知り合いの子って男の子? 女の子?」
「男だよ」
「へー! かっこいい?」
 めちゃくちゃかっこいいよって言いたかったけど、すんでのところで我慢しておいた。あくまでオレの感想だし、こいつに変に騒がれるのも嫌だし。オレは色々な打算を込めて、「さあ? 普通じゃね」なんて、思ってもいない言葉で返答を誤魔化した。
 ……万一だけど、妹が春継に惚れちゃったりしたらどうしよう……絶対やだ……。


「は!? 何!? 超かっこいいじゃん!」
 妹が春継を見た第一声がこれだ。大学の最寄り駅に着いて春継に連絡を入れて、そしたらあいつは大学の入り口のところまでわざわざ迎えに来てくれていた。妹と一緒に行くってことは伝えておいたから特に迷うこともなかったみたいで、「初めまして。お兄さんにはお世話になっています」って話の口火を切ってくれた。それなのに、である。
「あ、初めまして! こちらこそ兄がお世話になってます。ミカっていいます!」
 それを真っ先に言え。っつーかこいつ春継より年上のはずなのに全然そう見えねえな……。
 春継はというと、妹の第一声はさらっと流してくれたようで「おれは春継といいます。よろしくお願いします」と和やかに会話を続けていた。敬語も早々に外れて、コミュ強同士の会話って感じ……。今更だけど、これ、オレの心労多くない?
「お兄ちゃん……こんなイケメンの隠し玉を持ってたなんて……」
「やめろやめろやめろ外聞が悪い」
「かっこよくて絵も上手いとか、天、二物を与えすぎじゃない?」
「それはオレも思う……」
 二物どころの話じゃねえもんな、こいつの場合。
 ついうっかり同意してしまって春継の視線が痛い。迂闊すぎるって言いたいんだろ。分かるよ。分かってるよ……。でもかっこいいって思っちゃうのはどうしようもない。春継は前に、『正直なところ、おれは自分の造作が人に比べて特別優れていると思ったことがない。だから冬眞くんがそこまでおれの顔を好いてくれているのを有難くは思っても理解はできない……』なんて言っていたことがある。でもこれ要するに、好みドンピシャだった、ってただそれだけなんだと思うんだよな。オレだってそんな、絶世のイケメンとか言ったことはないだろ。でも世界で一番好きな顔だよ。
「っていうか、元々二人で遊ぶ予定だったんじゃないの? あたしここにいて大丈夫だった?」
「矢野さんこそお兄さんとは久しぶりの再会だろう?」
「いーのいーの、盆正月くらいは帰ってこいっつってんのに全然顔見せないお兄ちゃんが悪いんだから! でもまあ、ちゃんとお友達もいるっぽいし安心しちゃった」
 にこにこと笑う妹は、「あたしキャンパスぐるっと一周してくるから! 美大の文化祭ってやっぱ装飾多めですごいね、おまけにフリーマーケットみたいなのがたくさんある!」なんて言いながら、止める間もなく駆けていってしまう。春継は「いってらっしゃい」と声をかけていたがオレは声をあげそびれた。常にひとつところに留まっていない妹なのだ。そういうところは昔から変わらない。
「はー……なんか騒がしくてごめんな」
「そんなことはないよ。冬眞くんによく似て素敵なひとだね」
「そ、そう……? 確かに顔は似てるってよく言われてたけど」
 以前のオレだったら、顔が似てるなら異性のほうがいいのかな……とかなんとか考えてたところだけど、流石にもう学習した。あんまりネガティブすぎると春継自身の意見を見失ってしまう。オレがごちゃごちゃ考えても大体ロクなことにならないのだから、余計なことで落ち込むのはやめよう。うん。大丈夫。
「彼女、おれとあなただけの時間を作ってくれたじゃないか。そういうところに気が付けるひとなんだ。ほら、あなたに似ているだろう?」
「うぐ……ありがとう」
 そういう褒め方をされるとお礼を言うしかなくなる。妹と男の顔の趣味が似ていたという嫌すぎる事実が発覚してしまったが、春継は最高の男なので仕方ないのだ。
「ところで冬眞くん。もしよければ少し歩かないか? 展示も色々あってね、きっと楽しめると思う」
「うん。アンタは時間大丈夫なの?」
「もちろん。あなたのために空けておいたよ」
 にこにこ笑顔でさらっとこういうことが言えるって、才能なのか? 嬉しさで頬が熱くなっていく気がして、でも人前だから……と必死に緩みそうになる口元を抑えた。
 春継は隣で意味ありげに微笑んでいたから、きっとオレが考えていることなんてお見通しなのだろう。
 それでも別にいい。だって今、かなり幸福度上昇中だから。

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