羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 孝成さんが、「冬のボーナスが出た!」って言っておれを家具屋さんに連れて行ってくれた。おれ、ちょっと前にテレビドラマを観てたとき、そこに出てきたこたつを『いいなぁあれ』ってぽろっとこぼしたことがあったんだけど。孝成さんは優しいから覚えていてくれたみたい。
 二人でたくさん悩んで、長方形タイプのこたつを買った。布団を取り外せばちゃんと机としても使えるやつ。長方形なら並んで座れるし、なんとなくだけど床が近いほうが安心しない? ちょっと掃除機かけるのが大変になるけど、おれ掃除は毎日ちゃんとしてるから大丈夫。正式に二人暮らしするようになって部屋も広いところに引っ越したし、きっとちょうどいいよね。
 こたつに合わせて柔らかい座椅子も買ったら、あっという間におれはこたつの魔力にとりつかれてしまった。これまでおれのことを住まわせてくれた人たちってみんな一人暮らしだったから、こたつなんて持ってなくてこれが初体験だったんだ。ぬくぬくで柔らかくて、これなら確かにこたつから出たくなくなる気持ちが分かるなあ……って思う。足元があったかいとやっぱり安心するのかも。
 孝成さんはそんなおれのことを自分のことみたいに嬉しそうに見ててくれたんだけど、最近こたつラブなおれにちょっと思うところがあるみたい。
「潤」
「なーにー?」
「じゅーん」
「孝成さん、こたつ入らないの?」
 もそもそとこたつから出て、孝成さんの座っている座椅子のところへと四つん這いで進む。途端に下半身が寒くなって、思わず「さむっ」と言うと孝成さんはちょっと困ったような顔をした。そして、「悪い。こたつ戻っていいぞ」と優しい声で言う。
 おれは意図的に返事をせずに、孝成さんの膝の上に跨った。脚で孝成さんの胴体をぎゅーっとする。そしたら孝成さんは、同じくらいの強さでおれの背中に腕を回してくれた。
 ……実は分かってるんだよね。孝成さんがおれを呼んだ理由。
 こたつを買うまでは、こういう夕飯の後のまったりした時間って孝成さんにくっつく時間だった。ソファに座ってる孝成さんの脚の間に座って、緩く抱きしめてもらって、その温かさがしあわせだった。でも最近、こたつが物珍しいっていうのもあってそっちにかかりきりだったんだよね。せっかく孝成さんが買ってくれたものだから堪能しないと。まあ、おれにとってはいつでも孝成さんがいちばんなんだけど!
 それに、こっそり白状しちゃうと、こたつに対して微妙に嫉妬してるっぽい孝成さんが嬉しかったっていうか……おれのこと求めてくれてるんだなって思って、少しだけやきもきしてほしかった。うーん、あんまり性格がよろしくないよね。反省。
「孝成さん」
「ん?」
「一緒にこたつ入ろ!」
 笑顔で孝成さんを促して、座椅子をこたつの中から引っ張り出す。孝成さんが不思議そうな顔でこたつに入ったのをしっかり見届けてから、おれも孝成さんと同じ場所に潜り込んだ。
「うおっ」
「えへへ……孝成さん、これだと寒い?」
 今はちょうど、孝成さんとこたつとの間におれがいる感じだ。孝成さんのことをおれが背もたれにしてる……みたいな。背中があったかい。
 孝成さんはおれの意図を察してくれたみたいで、「全然。くっついてるから余裕であったかい」と笑ってくれる。
「……悪い、なんかお前がこたつめちゃくちゃ気に入ってて出てこないからちょっと意地悪しちまった。完全に嫉妬」
「んふふ、実は知ってた」
「知ってた!?」
「おれこそ知っててこたつの中にいてごめんね。孝成さんが妬いてくれるの新鮮で嬉しくて……」
 孝成さんに真正面から謝られてしまって、これはおれも黙ってちゃだめだなーと思って同じように謝った。すると、孝成さんは怒るわけでもなくおれの髪を撫でてくれる。
「んっだよわざとかよ。ならよかった」
「え?」
 よかったの? なんで?
 首を傾げるしかできないおれ。よかったっていうか、むしろおれの性格は悪いみたいな感じじゃない……?
 不安になってきた。孝成さんは孝成さんで、なんでか恥ずかしそうにしてるし。どうしたんだろ。
 おれの「どうしてオーラ」が見えたのかもしれない孝成さんは、やっぱり恥ずかしそうな顔のままぼそっと呟く。
「いや、こたつに本気で負けてたら悲しいだろ。ならわざとのほうがいい」
「全然負けてない! っていうか一度もそんなことないし!」
「ふは、そりゃどうも」
 いつの間にか体の向きが反転していたおれの唇に、孝成さんの唇が触れた。ちゅっ、とかわいい音がする。……少し待っても二回目がやってこなかったのでおれからキスした。唇をくっつける時間を増やして。
「ん……む」
「は、潤……? どうした? ベッド行くか?」
「んーん、……そんな待てない」
 孝成さんが、一瞬でもこたつに自分が負けたとか思っちゃったとしたらそんなの悲しすぎる。断然ぶっちぎりでいつでもいちばん大好きなんだから、たくさん実感してもらわなきゃ。
 もう一度唇を合わせた。ほんのちょっぴり舌を差し込んで、至近距離で囁く。
「ね、おれは待てないよ。……孝成さんは待てるの?」
 待てないって言ってほしい。そんなおれのわがままな願いはどうやらこれ以上なく通じたみたいだ。孝成さんはいつもより低い声で、笑い混じりに息を吐き出す。
「バカ、んなこと言われたらもう待てねえよ」
 脳が甘く痺れる感じがする。待たないでほしいし我慢しないでほしい。ぜんぶおれにぶつけてほしい。そんなことを考えながらキスをする。
 孝成さんの手がそっとおれの服の下に入り込んでくるのが肌の感覚で分かって、早く早くと言いたい気持ちでいっぱいだった。

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