「うわ、悪い、冷蔵庫に碌なもん無い……夕飯適当でいいか？ なんならちょっと買い出し行ってくるけど」
オレは、その珍しい言葉に驚いて高槻の方を見た。今日のオレはいつものように高槻の店に夕飯を食べに来て、しかし予想外に店が閉まっていたのでどうしようかと思っていたところで高槻から連絡が入ったのだ。どうやら二階の窓からオレが見えていたらしい。居住スペースの方に通されてうだうだしていたところに先ほどの言葉である。
「ごめん、店休みなのに押しかけちゃったから」
「それは全然。っつーか寧ろ招いておいて何も無くて悪いな」
これはちょっと意外な話なのだが、高槻の個人的な居住スペースにある冷蔵庫の中身はかなりすっきりしているらしい。それもそのはず、一日の殆どの時間を店で過ごしている高槻は朝食こそ家で軽く作って食べるけれど、昼も夜も店の食材を調理して食べているのだ。要するに店のランチやディナーと同じようなメニューってこと。たぶん誰かと一緒に暮らすなら夕飯も居住地側で作るんだろうけど、高槻一人分ならわざわざ別メニューを作るのは効率が悪いし在庫も嵩む。
そうは言っても、こんなにはっきりと「適当でいいか？」なんて宣言されるとは。高槻って自分一人のために料理するのは億劫ってタイプだから、オレが見てないところではかなり質素なのかも。
でも、こうやって言ってくれてかなり嬉しい。気を許されてるって感じがする。きっと、相手がオレだからここまであけっぴろげにしてくれたんだろうな。そうだよね？
「オレ、一人だと夕飯ビールだけのときとかあるから大丈夫だよ！」
「いやそれは全然大丈夫じゃねえだろ……アルコールで生きるためのカロリー摂取するのをやめろ。とりあえず何か適当に作るから待ってて」
はーい、とよい子の返事をしてソファで待つ。オレは、一人のときだとビールだけとかハイボールとからあげだけとか栄養補助ゼリーとビーフジャーキーだけとか、まあ、なんというか控えめに言っても劣悪な栄養バランスの夕飯……夕飯？ ばかりだ。でも高槻ならそんなことにはならないだろう。何が出てくるのかな。お茶漬けとか卵かけご飯とかかな？ もしかしたら目玉焼きとかくらいは出てくるかも。
なんでもできる恋人の隙みたいなものを垣間見ることができるのは、ちょっと得した気分だ。
そこから約十五分ほど。「できたぞ」という声とおいしそうな匂いにつられて着席したオレは、目の前の光景に思わず首を捻った。
「――ん？ あれっ、なんで！？」
「急になんなんだ……何大声出してんだ？」
「え、だって……何も無いんじゃなかったっけ？」
食卓には、普通にお店で出てきそうなパスタが二人分並んでいた。とってもいい匂いのクリームパスタだ。
「パスタはストックあったから。生クリームも辛うじてあったし……お前、クリーム系の味付け好きだろ」
「好きだけど。でも、ちゃんと具も入ってる……」
「あー、きのこと鶏肉？ それもちょっとだけ余ってたやつ」
早く食おうぜ、と促されて慌てて手を合わせる。熱いのはすぐに食べられないので一口分フォークに巻いて息を吹きかけながら食べた。クリームソースが舌にじんわりと広がって、きのこと鶏肉とも相性抜群だ。
「――おいしい！」
「そりゃよかった。ありがとう」
ふわりと笑った高槻に、やっぱり疑問が抑えられなくなりオレは質問をする。この夕飯はオレから言わせてもらうとまったくもって「ロクなものが無い」状態ではないのだが。どういう意図で高槻はあんなことを言ったのだろう。
尋ねてみると、高槻は若干気まずそうにぽつぽつ語りだす。
「ああ……？ いや、ワンプレートになっちまったし。具材も切れ端だったしな。生クリームだって、三十八パーセントのやつ切らしてたから三十五パーセント使ったし。ちょっとソースがさらっとしてるからパスタに絡みにくいだろ」
当たり前みたいな顔で解説してくれるのだが、えっと、何？ 生クリームのパーセンテージとか今まで生きてきて一度も気にしたこと無い。
「やっぱり余り物だと栄養偏る。副菜も作れればよかったんだけど野菜が店で使う分しか今ストック無いんだ。本当はスープもつけたかった……」
「待って待って待って、なんかすげー認識に齟齬がある！ あのさ、オレ、てっきり今日はお茶漬けとかが出てくると思ってたんだけど」
「お茶漬けはこの時間からするには面倒だろ……ああでも、明日か明後日辺り作ってもいいかもな」
「……そのお茶漬けって因みに何を想定してんの」
「ん？ 鯛茶漬けとか。今だと若干旬から外れるから、牡蠣茶漬けの方がいいかもしんねえけど」
「鯛……牡蠣……」
「魚って捌いた後のゴミの処理がちょっと面倒なんだよな。でもまあ、あら汁とか作っても美味いし」
うわあもうなんかよく分かんないこと言い始めたよこいつ！ オレが言ってるお茶漬けはマジでお湯を注ぐだけのインスタントのことだっつーの！ 誰が魚捌くとこからやれっつった？