羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 それはいつものように高槻の店に夕飯を食べにきたときのこと。珍しく津軽がカウンター席に座っていて、美味しそうにケーキを食べていた。高槻はカウンターの中でラテアートにいそしんでいたようで、カップの中に浮かんでいるのであろう模様に津軽はまた嬉しそうにしている。この二人、やっぱり気が合うというか感性が合うんだろうな。オレの勘もあながち捨てたもんじゃないみたい、と、高校時代を思い出してほくそ笑む。
 高槻が津軽にめちゃめちゃ懐いているのは見てれば分かるから、正直言ってちょっと妬けることはあるけど。でもまあ、津軽はマジでいい奴だからね……気持ちは分かるという感じ。人徳ってやつだ。
 こういう話がある。成人記念のクラス同窓会、実はオレも主催側で一枚噛んでたんだけどさ。会場どうしようって悩んでたとき、『つてがあるから紹介しようか』とさらりと言ってくれたのが津軽だ。クラスのみんなでちょっと大人ぶった贅沢な食事がしたいな、がそのときの同窓会の共通認識というか最大コンセプトだったので、津軽が利用するような場所なら背伸びにぴったりかもしれないと賛同者多数で見積もりをお願いした。大体の予算を添えて。
 間もなく、某高級ホテルから身内割引と言って差し支えない冗談みたいな見積もりが届いてみんなで大慌てしてしまったのも今となっては懐かしい。
『ちょっ……この内容でこの値段、ほんとに大丈夫?』
『大丈夫だと思うけれど。先方に提示された金額そのままだからね、びた一文値切っていないよ』
『んん、確かに同窓会の会費としては安くない値段だけどサービス内容に鑑みるに安すぎるのでは……』
『分かっているじゃないか。同窓会の会費と考えるとけっして安くない。でも代わりに、質はおれが保証する。もし今回のことでこのホテルが気に入ったら、また個人的に利用してくれると嬉しい』
 いいホテルだよ。おれも好きだ。津軽はそう言って笑っていた。曰く、『自分の気に入っている場所を誰かに教えたくなること、あるだろう』とのことである。
 津軽はけっして自分の家の財力やコネをひけらかす奴ではないけど、それはそれとして出し惜しみをする奴でもない。上品で気前がいい、ってなかなか真似できないことを当たり前みたいにやっている。豊かであることが嫌味じゃなくて、何より人に手を貸すことを厭わないから慕われる。
 もうちょっと踏み込んだ話をすると、津軽は誰にだって優しいけれど、無差別に優しいわけではない。こいつは、「まっとうで」、「努力していて」、「優しい」人間に対して特別優しい。そう、だから高槻に優しいのだ、きっと。
 あとはまあ普通に顔が好きなんだと思う。優しいだけじゃなくて対応が甘い。面食いだから。
「……おい、おまえなんだか失礼なことを考えていないか?」
「うわっ、どしたの急に」
「『どうしたの』はこちらの台詞だよ。いつまでお店の入り口につっ立っているつもりなんだ、おまえは」
 呆れたような声音で言われてしまって、確かにそうだなとカウンター席に移動する。夕飯を注文して高槻が厨房に引っ込んでいる間、オレは津軽とささやかなお喋りに興じる。
「津軽って、そんな頻繁じゃないけど定期的にここ来てるよね?」
「うん? そうだね、半月に一度くらいはお邪魔しているよ」
「あ、思ったより来てた……それは何食べてんの?」
「木苺とケシの実のタルト」
「木苺と……麻薬……?」
「ちっがう……食用として販売も所持も認められているものがあるんだよ。こうして製菓材料として使われることが多い」
「はああ、なるほど。知らなかった」
「知らなかったついでにもうひとつ豆知識がある」
「ふむ。それは何?」
「ケシの俗称は『ツガル』」
「へえー!」
「……という伝承があったりする。ふふ」
 オレ、勉強も暗記も得意だけど雑学方面はあんま強くないんだよね。津軽の教えてくれる雑学は面白い。本をたくさん読むからだろう。十分前と比べて雑学ふたつ分賢くなったオレは、高槻が戻ってくるのをのんびり待った。

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