羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「こんにちは、お邪魔します! すみません突然で」
「いらっしゃいませ! 佑護の母です。ゆっくりしていってね。ご挨拶できて嬉しいわ」
 ――予想通りというかなんというか、大牙はとてつもなく馴染んだ。俺の母親に。元々初対面の人間に対して人見知りとか物怖じとかあまりしないタイプなのは知ってたけど、ここまで馴染むとは思ってなかった。俺が言うのもなんだが会話のテンポというか雰囲気もなんとなく通じるものがある……ような。上手く言えない。
「大牙くんっていうのね。すてきなお名前! とってもかっこいいわ」
「えへへ、ありがとうございます」
 佑護のお母さんやっぱり綺麗だね、佑護ってお母さんに似てるね、と大牙から聞くのは二度目くらいの褒め言葉を流すべきか真に受けるべきか迷う。その文脈はどうなんだ、マジで。
 クリスマスだからとスパークリングのジュースを買ってきてくれた大牙におふくろはそれはもうはしゃいでいた。由良はこのテンションに若干引き気味だったけど、大牙は素で接しているのが分かる。「お夕飯たくさん作ったからたくさん食べてね!」という言葉にノータイムで「やった! たくさん食べます!」って返せるの、真似できねえよ。
 その後すぐ、少し早めの夕飯になって。宣言通りちょっと盛りすぎじゃねえのかと思うレベルにおふくろが盛った夕飯を大牙は笑顔で完食した。俺もけっして小食ではない……と思ってるんだが、こいつはいつもつるんでる五人の中だと一番量食ってると思う。消費カロリーが段違いなので当然と言えば当然だ。食べていないと勝手に痩せる、と言っていただろうか。その感覚は、俺にとってもう遠い昔のものだ。
 もう寂しくはない。……懐かしいなと思う。
「なんか俺、一人だけたくさん食べちゃってませんか?」
「たくさん食べてくれて嬉しいわ。今ケーキも出すわね、待ってて」
「ありがとうございます!」
 にこにこ無邪気に笑い合う二人を見てふと気付く。あ、そういえば。大牙はバイト先が喫茶店で、その喫茶店はケーキの評判がとてもいい店で。そっか、高槻さんの作ったケーキをこいつは割と日常的に食べているのだ。こいつは甘い物が好きだから、よく味見役になると聞いたことがある。
 どうしよう、急に不安になってきた……。あのケーキで大丈夫だっただろうか。
「……大牙」
「なに? あ、佑護ありがとう。俺がチョコレートケーキ好きって言ったから作ってくれたんでしょ? お母さんと一緒に作ったって聞いた。仲良しだね」
「や、それは……手伝っただけっつうか。なんかこう、かき混ぜたりはした……けど」
「いいね。俺も前はけい兄ちゃんの手伝いたまにしてたんだよ。へへ、ケーキ楽しみだなー」
 その笑顔に曇りは無い。あんまり好みの味じゃなかったらごめん、とつい先手を打ってしまったのは、その笑顔が翳るかもしれないのが怖かったから。
 絶対言わなくていいというか言わない方がいいことだった。言った瞬間後悔した。でも黙って見守るのも不安だった。
 そんな俺の不安を、大牙はきょとんとした顔で包み込む。あっさりと吹き飛ばす。
「なんで? 佑護がお母さんに聞いてくれたんでしょ、俺のこと呼んでいいかって」
「え」
「俺、別にこういう日に仕事の親見送るの珍しくないよ。時期ずらして祝ったりもするから、平気。前みたいにみんなでパーティーとかもできるし……」
 でも好きな人にこうやってお呼ばれして、家族の中に入れてもらえるのも特別な感じがして楽しいよ。大牙はそう言った。そして、そんな楽しい雰囲気で、特別な日に食べる、好きな人が用意してくれたものが美味しくないわけがないのだとも言った。
「特別な気持ちになるよ」
「特別……」
「大好きってこと」
「だ、大好きってこと……」
 復唱しかできない俺は本当にどうしようもない。おふくろがキッチンから出てくる気配がする。――ああもう、詳しい話は後で、俺の部屋で……ケーキ食べた後に。
 大牙は切り分けられたケーキを見てやっぱり瞳をきらきらさせて、笑顔で「いただきます」と言った。俺が悩む暇も無いくらい即答の「おいしい!」だった。
「また好きなケーキが増えちゃった」
 そんな風に言ってくれるのが嬉しくて、けれど言葉が見つからない。大牙と一緒にきゃっきゃとはしゃいでいるおふくろ横目に、俺は自分の皿からケーキをひとくち食べた。
 ……あー、やっぱ美味いわ。
 俺が誰かを大切に思うのと同じように、俺も誰かに思われている。それを改めて実感してしまって、ますます無言でケーキを味わうことしかできない俺だった。

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