羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 クリスマス。母親が何やら朝からうきうきしていると思ったら、どうやらケーキを作るらしい。そういえば毎年、俺のてのひらくらいのサイズのケーキを作っていたのだったか……と思い出す。父親は忙しく不在がちなので、基本的に二人でケーキをつついていた。俺、友達少なかったしな……ボクシングしてた頃も、やめた後も。
「あら、ゆうくん! 今年のケーキ、何味がいいかしら?」
「なんだろ、あんま重くねえやつ……あー、待って」
 ふと思い立って大牙に連絡をしてみた。一週間くらい前、『母さん、クリスマスの辺り夜勤続くんだよね。もっと小さい子供がいるお母さんたちにシフト譲るから』と言っていたことが記憶から掘り起こされたからだ。もしよければケーキを一緒に食べないか、親はいるけど、急で悪い……というような内容で送信する。ちなみに何味のケーキが好きか、とも聞いてみた。
 幸いすぐに反応が返ってきて、『いいの? 親子水入らずなのに』『でも嬉しいな。ありがとう』『ケーキはね、チョコレートのやつがすき!』とちょっと幼い文面が可愛らしく感じる。
「……なあ、友達呼んでもいい?」
「もちろんいいわよ! 前に言っていたお友達?」
「ん……うん。剣道部。チョコレートケーキが好きだって」
 ケーキいつもより大きくしなくちゃね、ゆうくん手伝ってくれる? とにこにこしている母親に安心する。おふくろもこの見た目の雰囲気のせいで大概あること無いこと他人に色々言われがちだけど、俺にとっては度量が広くて頼れる親なのだ。まあ、日ごろの対応が若干面倒だったりはするのだが。


「小麦粉とココアを混ぜて、二回ふるっておいてね」
「分かった」
 手を洗って汚してもいい服に着替えて、久々におふくろとキッチンに並んで作業をした。昔は――それこそ中学生の前半くらいまでは、よくこういうこともしたのだ。本腰を入れて料理をしたことは無いけど、手伝うことくらいならスムーズにできる。
 単純作業は嫌いではない。筋トレとか。玉ねぎをみじん切りにしたりとか。黒板の文字をノートに書き写したりとか。
 この、俺が作るのを手伝ったケーキがいずれ大牙の口に入るのかと思うとちょっと妙な気分だ。基本的にはおふくろの作ったものなので味は心配いらないが、なんとなくそわそわする。
「なんだか今日のゆうくんはご機嫌ね」
「……そう見える?」
「ふふふ。お友達と仲良しなのはいいことなのよ」
 今年のケーキはきっと美味しくなるわね、と笑うおふくろに思わず首を傾げてしまった。因果関係あるか?
「お料理ってね、色々な『大切』をこめて作るのよ。大切なひとのことを考えて作ると美味しくなる気がするでしょう?」
「ん……そう、かも」
「いつもはゆうくんが喜んでくれますようにって思いながら作るけど、今年はゆうくんがお友達を大切に思う気持ちも入ってるから」
「いや、俺大したことしてねえけど……?」
「だめよそんなこと言っちゃ。バターを量るのも粉をふるうのも、勝手に出来上がるわけじゃないんだから」
 自分のやったことを小さくしすぎなくてもいいのよ、とおふくろは言った。こんなささやかな手伝いでも、俺の気持ちはどこかにこもるのだろうか。
 ミキサーをかけるときのそれなりに煩い音を聞き流しつつ考える。大牙が、完成したケーキを『美味しい』と言って食べてくれたら俺はきっと嬉しいだろうと思う。それは、俺がケーキを作るのを手伝ったから……だろうか。どうなのだろう。
 オーブンに生地を入れて時間をセットして小休止。いつもより少し大きいとは言っても一般的なホールケーキよりはよほど小さいのでそんなに時間はかからない。
 おふくろは一体何を思ったのか、いつもの手伝いよりももう少し重要な部分を任せてくれた。例えば中に挟むクリームを作るとき、泡だて器を持たせてくれたり。
 実は料理って力が必要、らしい。腕力も体力も。「本当は男の人の方が料理に向いてるかもしれないわね」とおふくろは細い折れそうな腕で大きなボウルを支えていた。
 なんだかんだと見守られながらデコレーションまで完成させて、思いの外見栄えがよかったことに安心する。まあ、スポンジケーキにチョコクリームを挟んで周りを残りのチョコクリームで覆って、いちごを乗せただけ……なんだけど。それだけだけど、達成感はあった。こういうシンプルなやつが実は一番美味いんだよな。
「少し冷やしておきましょうね。お昼を食べて……ふふ、お友達が来る前にお夕飯の準備も済ませておかないと!」
 うかれてるな、と思う。おふくろも俺も。そういうところ、結局似ているのだ。
 まあ、うん。親子なんだな、やっぱり。

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