羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「ふ、ざけ、んなよ……」
「……朝倉?」
「なんでそんな、なんで、……俺ばっかり」
 いつも振り回されるのは俺の方だ。なんで俺がお前のためにこんな悩んだり悲しんだりしなきゃならないんだよ。
「こんなときまで、涼しい顔しやがって……! お前なんなんだよ! 訳分かんねえ!」
「あ、朝倉? どうした……」
「どうしたもこうしたもあるかバーカ! 一人で納得してんじゃねえよ! ふざけんな!」
 やばい、泣きそうだ。唇を噛んでどうにか涙腺を痛みで誤魔化す。大声をあげれば少しはすっきりするかと思ったのに全然そんなことなくてただ虚しいだけだった。
「……なんで、俺だったんだ?」
 声のトーンを落として呟く。意地でも目は逸らさない。負けた気がするから。
「なんで、それまで殆ど喋ったことない奴に頭下げてまでこんなことしたんだよ。俺みたいに不真面目な奴なら恋人の代わりさせても気にしないと思ったとか?」
「――そ、れは」
 白川は、ここで初めて言いよどんだ。やっぱり俺には言いたくないのだろうか。俺なんかには言う必要などないということだろうか。この数ヶ月で結構喋るようになったと思ったのだが、所詮その程度でしかなかったということか。
 今となっては終わらせたくなくなってしまったこの関係だけれど、こいつはいつか彼女を作るのだろうし、そうしたら俺はこいつにとっていらないものになるし、だったら早いとこ終わりにしておくべきなのかもしれない。
 だってきっと時間が経てば経つほど離れるときが辛い。
「……理由も言ってくれねえなら、もういいよ。俺も、もう無理」
「っ、朝倉」
 だからさあ。なんでお前がそんな、傷付きましたみたいな顔してんだよ。
 すげームカつく。

「もう無理。お前の隣に女がいるとか、今から想像すんのきつい」
「は……――え? お前それ、どういう」
「こんな、お前の言動いちいち深読みして一喜一憂してんのに。それなのにお前の全部、最初っから俺に向けられたものじゃないんだろ」
「朝倉、なんでそんなこと」
「他の女のための練習台なんてごめんだ。俺、もうくるしい」
 こいつなんかの為に泣きたくなんてない。から、泣かない。絶対に泣かない。
 もしかしたら今ので俺がこいつを好きなことが分かってしまうかもしれないが、それももうどうでもいい。どうせ今日で終わりだし。気持ち悪がられたって、今後一切関わらなければいい話だし。悲しいことに、それが可能なくらいに元々の関係性は薄いのだった。馬鹿みたいだ。
 そう考えると不思議と溜まった涙も乾いてきて、どうにか零れる前におさめられた。案外諦めてしまえばいい感じになるのかもしれない。ちょっと、すぐには無理だけど。
 ああもしかして俺こんな割り切れないガチの失恋は初めてかも、なんて考えていると、目の前で気配が動く。白川だ。そういえば俺が喋っているのに割り込むように何やらごちゃごちゃ言っていた気がする。今回ばかりは邪魔されてはたまらないので言いたいことを言い通したが。
 いや、それにしても。こいつはいつでも真っ直ぐ俺のことを見てくれる。この期に及んでそんなことにすら嬉しくなってしまって、白川のことを見つめ返す。
 そいつは何やら呆然とした顔で「……やばい」と言った。何がだよ。俺が疑問を口にする前に、既に白川はまくしたてるようにして喋りだす。
「ちょっと待ってくれ。頼む、一旦待って。なあ、俺もしかして自分に都合よく解釈してないか? やばい、嘘だろ、本当なら嬉しいけどでもやっぱ」
「な……なんだよ、お前大丈夫?」
 あまりの勢いに白川は前のめり気味、俺は後ずさり気味。俺のかけた言葉は聞こえているのかいないのか、やばい、ともう一度繰り返して白川は深呼吸した。
「朝倉、嫌なら殴っていいから」
 真剣なまなざしに息を呑む。一歩、二歩、近づいてきた白川が、俺の背に腕を回して。そのまま強く抱きしめられる。
「っ、しらかわ」
「はー……やばい、だめだ、もうむり、これ以上は誤魔化せないっつーかついにやっちゃった」
 一人で何をぶつぶつ言ってるんだこいつは。さっきから「やばい」ばっかりだしちょっと怖い。いや、今はそんなことどうでもよくて。なんで俺、こいつに抱きしめられてるんだ?
「え、お前何してんのふざけてんの? マジでキレそうなんだけど大概にしろよ」
「いやー……俺だってマジだよ。本気も本気だよ」
「何がだよ……」
 キレそうっていうか、緊張で血管とか切れそう。口調だけは辛うじて平静を装っているが、心臓が煩いくらいに脈打っている。
「聞いてくれ、朝倉」
 ぎゅっ、と一層強く白川の腕に力がこもった。
 やばい、熱くて火傷するかも。
「あの日さ、女子への接し方教えてほしいって言ったの、あれ、嘘……って言ったら怒るか?」
「は……?」
「ついでに言うと、俺、別にあの時フラれた訳じゃない。朝倉の勘違い」
「はあ!?」
「……彼女が欲しいなんて思ってないんだ、本当は。別に女子なんてどうでもいいよ。ただお前と一緒にいたかっただけ」
 嘘? なんでそんな嘘ついたんだ。
 っていうか、お前好きな奴いるって言ってたじゃん。
 思考が追いついていない俺に配慮のひとつもしれくれない白川は、俺の首筋に頬をすり寄せてくる。俺の方が少しだけこいつより背が高い。うう、くすぐったいんだけど。
 くすぐったいけど言うと離れてしまうだろうか、なんて思ってしまう自分がうらめしい。そんな俺の心情なんて一切分かっていないのだろう。白川は声だけでも気持ちが弾んでいそうなことが窺える調子で言う。
「練習台なんかじゃない」
 囁くように耳元で声が落ちる。
「俺、最初からお前のことしか見えてなかったよ」

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