羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「え……いや、でも。お前、俺にばっかりあんな無愛想で」
「あー……それは、色々ごめんって感じなんだけど……」
 うまく言葉が組み立てられないでいる俺を見て、白川はふっと目元を和らげた。
「……気を抜くとバレると思ってたんだ」
「は……?」
「朝倉は、自分に向けられるそういう感情には聡いかなって思ってて。ほんと、ちょっと前までは隠す気でいたんだよ。言う勇気なんてなかった。でもお前ぜんっぜん気付かないし。だから、正直途中から調子乗ってた」
 そいつは、白川は、信じられないようなことを言った。バレるってどういう意味。都合のよすぎる解釈していいのかよ。
「本当はさ、お前を見かけるだけで嬉しくて、お前が誰かと喋って笑ってるとこ、つい目で追ったりしちゃって。ニヤケそうなの抑えるの大変だった。それなのに向かい合って自然体で喋るとか無理だろ、平静でいられないって。表情抑えすぎて愛想悪くなっちゃったのは痛かったけど」
 ふわり、と幸せそうに笑ったそいつの、瞳も表情も声も何もかも蕩けそうなくら甘い。なに、お前内心はいつもそんな顔してたの? どんなポーカーフェイスだよ。
「き……嫌われてるのかと、思ってた」
「そこらへんお前の思考回路分からないんだけど、ほんとどうしてそう思ったんだよ」
 でも、俺に嫌われてるかもって不安がってるお前はかわいかったよ。そんな風に言われ、「はあ!? なんだよテメェ面白がってたのかよ、最低野郎だな!」と返してしまう。いや、これくらい言ってもいいだろ。全然言い足りなくてもう一度口を開く――と、狙い澄ましたようにそこを塞がれた。
「っん、ぅ」
 素早く入り込んできた舌が歯列を割って上顎を撫でる。思わず後ずさりして、すぐさま壁に押し付けられた。なんだこいつ力強すぎるだろ……!
 そういえばこいつ、剣道部だったんだ。俺も決して非力な方ではない、寧ろ並みより力はある方なのだが、運動部できちんと練習をこなしている奴には敵わないということなのだろうか。酸素の少なくなってきた脳でぼんやりと思う。
 俺はこれまでずっと自分からしかこういうことをしないタイプで、相手に主導権を握られるなんてごめんだったのでこんな風に好き勝手された経験もない。くちゅ、と水音がやけに響く気がして俺は白川の胸元を押す。やめろという意思表示のつもりだったのに、そいつは喉で笑って更に舌を絡めてきた。
「ん……っ! んん、……っふ、」
「……ふは、かわい……」
 ようやく解放されたときに掠れた声で囁かれて一瞬だけ心臓が跳ねたが、その内容を理解して顔中に血液が集まるような感覚がした。誰が可愛いだ、誰が。誰に向かってほざいてるか分かってんのか。
「っこの、何しやがる……!」
「……朝倉的には今の、どうだ? 恋人にされたら嬉しいか?」
「は!?」
「教えてくれるんだろ? そういう約束だもんな?」
 にこにこ、というより最早にやにやといった方が正確だろう表情でこちらを見てくる白川はなんというか、幸せですって全身で表現している感じだった。そんな顔されたらもう、文句なんて何も言えないじゃないか。っつーかお前キャラ変わりすぎなんだよ、寡黙な無愛想無表情キャラどこにいったんだ。そっか、俺にだけなんだっけ? 詐欺だよお前。
 一瞬でそれだけの言葉が脳内を駆け巡って、でも口からは何も出てこない。遠くに運動部の喧騒が聞こえてくる。まだ部活をやっているところもあるのか、この時間は校則違反じゃないのか、なんて、現実逃避をしてみたりした。目の前には真剣な表情で俺の言葉を待つそいつ。やめろ、そんな目で俺を見るな。マジでやめて。
「……い、嫌では、ねえよ」
「――――うん。今はそれだけで十分だ」
 ロクな返事もできなかったのに白川は優しく笑う。一気に罪悪感が押し寄せてきた。いや、確かにさっきのはいきなりで驚いたし普段受け身でいることなんてないから慣れなくてつい憎まれ口を叩いたけれど、でも。
 いっぱいいっぱいな俺とは対照的に白川はとても落ち着いた様子で、それが余計に悔しい。と、それまでだらしなくへにゃっていた顔を引き締めて、そいつは俺の手を握ってくる。
 あ、やばい。
 この顔たまんねえわ。
「まだちゃんと言ってなかったな。……俺、朝倉のことが好きだ。お前はどうかな。正式に、俺の彼女になってくれるか?」
 こいつ、どうしても俺の口から言わせたいらしい。今までの話の流れから察してほしいのだが、というか、こいつ絶対分かってて言ってるからムカつく。俺の反応を見て楽しんでるんだろ、そうだろ。でも、こいつがこんなに楽しそうなんだからいいかな、と思ってしまう俺も大概馬鹿だ。
 ――そうだよ、惚れた弱みだよ。
「……っよろしく」
「ん?」
「て、テメェ後で覚えてろよ…………くそ、……好きだ」
 どうにかそれだけ言って無言で白川を睨みつける。今、確実に赤面してしまっているだろうからせめてもの抵抗だったのに、そいつは俺の頬を両側から挟んでぐっと額を寄せてきた。黒い瞳に自分が収まっているのすら見えるくらいの近距離でそいつは笑う。
「……やばいな、どうしよう。すげー嬉しいよ」
「そ……そうかよ」
「ああ。お前があのとき話しかけてきてくれてよかった」
 夢みたいだ。そう言って、白川は泣きそうな顔で目尻の皺を深くする。お前さあ、俺のほんの一言で、好きって言っただけでそんな、幸せそうな顔すんの? もっと早く言ってやればよかった。こんなことでいいならもっと沢山言ってやればよかった。
 もっと早くお前のこと、好きになりたかったよ。



「……あ? ちょっと待て」
 今まで生きてきたなかでおそらく一番緊張した告白の余韻をぶち壊し、俺は思わずそんな声をあげてしまう。白川が不思議そうな顔でこちらを見た。視線に僅かな熱を感じつつ俺は台詞の続きを言う。
「彼氏だろ」
「……んん?」
 勢いで「よろしく」なんて言ったものの、よく考えたら彼女というのはおかしい気がする。そう指摘すると、なんだか笑顔から一転微妙な顔をされてしまった。いや、でも、女じゃねえしな。そう思って続ける。
「俺、男なんだけど」
「……俺もだよ」
「でも彼女は違くね?」
「…………。恋人ってことで」
 恋人か。恋人ならおかしくないな。頷くとそいつはいまいち納得していなさそうな顔だった。なんだよ、何が不満なんだよ。
「あー……まあ、今はそれでいいか……」
「は? なんだよ」
「うん、大丈夫。頑張るから、俺」
「何言ってんだお前……?」
 やっぱりこいつが考えていることは未だによく分からない。けど、前と違ってこれからはゆっくり時間をかけてこいつを分かっていければいいなと思うから。今はこれでよしとしよう。
 少しだけ目線の下の白川に、今度は自分からキスをした。そいつの目が丸く見開かれて愉快な気分になる。やっぱ自分から動く方が性に合ってるんだよ、俺は。
「最後のアドバイスな。恋人は大切にしろよ?」
 答えなんて分かり切っているけれど、敢えて言う。白川はまた甘ったるい笑顔を浮かべて、百点満点の返事をくれた。
「勿論。離さないからそのつもりで」

 うん。なあ白川。
 俺も、すげー幸せだ。ありがとう。

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