羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

INFO / MAIN / MEMO / CLAP


「朝倉? あれ、どうしたんだ? お前、部活入ってないよな」
「……んだよ、たまにはいいだろ。お前のこと待ってた」
 このときの白川の顔といったら、驚愕という言葉がぴったりだった。そこまで驚くことはないだろうと思うのだが失礼すぎやしないか。
 まあでも、どうやら二人きりになれそうで安心する。教室には既に人はおらず、白川は未だ不思議そうに俺のことを見ていた。うん、大丈夫。まだ、大丈夫。

 俺にとっての誤算は、シミュレートしてきた会話の内容がここにきて全部吹っ飛んだことだった。よく考えたら当たり前だ。そもそも考えるのがあまり得意ではないのに、考えたままに喋れると思う方がおかしい。会話自体は苦手ではないが、苦手ではないからこそあまり深く考えずに喋ることができていたような人間で。そんな俺が、今更ちゃんと用意されたレールの通りに会話を運べるわけがなかった。
「し――白川」
「ん? どうした朝倉」
「……えっと、」
 どうしよう。どういうつもりで俺を恋人の代わりにしているのかとか、なんで最近俺を避けてるのかとか、恋人役でない間の俺には笑ってくれないのは俺のことが嫌いだからなのかとか、聞きたいことは沢山あったはずなのに上手く切り出せない。
 俺、今までこいつとどういう風に喋ってたんだっけ。どんな話、してた?
「……朝倉? お前、なんか今日おかしいぞ。具合でも悪いのか?」
 それは、心配してくれているのがよく分かる声音だった。
「もしかして熱があるなら、早く帰って休まないと――」
 白川があまりにも自然に俺の額に手を当てて、優しく触れてくる。なんだよお前最近ずっと俺に触るの避けてたくせに、俺が具合悪そうって思ったらそんなすぐ触って確かめてくんの? ああ、そっか。
 今、二人きりだからか。こいつが心配してんのは俺じゃねえんだ。
 それまで我慢して我慢して張りつめていた細い糸が自分のなかで切れてしまった気がした。
「――――やめろ」
「え……?」
 思わず手を振り払うと、白川の驚いた表情。あ、やばい。またあの時と同じこと、した。
 罪悪感がこみ上げてきて、それを打ち消すように声を出す。
「軽々しく……そういうこと、するな。なんとも思ってないくせに」
「なんとも、って……何言ってんだよ、俺はお前が」
「……それまで何の接点もなかったどうでもいい奴恋人扱いとか、平気でそういうことできるお前がなんだって?」
 この数か月でお前のいいとこたくさん見つけたけど、それは全部俺のためのものじゃなかったんだもんな。感情に任せて口にしてしまって、口にしながら後悔もしていたけどもう遅い。
 そういえば俺短気だったんだ。こいつに嫌われたくなくて色々我慢してた。それなのにこの期に及んで白川がどんな目を俺に向けてくるのか気になってしまう。
 俺、今、こいつを傷付けるために言葉を選んだ。最悪だ。
「別にそんな、こういう時まで好きな奴にするみたいに心配してみせなくてもいい」
 白川は、俺の言ったことを真面目に咀嚼しているようだった。口を開いて数秒、しんと沈黙が落ちる。そして。
「……どうでもいい奴にそういうことする人間だって思ってたのか、俺のこと」
 残念だ、と言って白川は、本当に悲しそうな顔をした。なんで、お前が、そういう顔すんの。
「お――怒らねえのかよ」
「なんで俺が怒るんだ?」
「だ、だって、」
 酷いことを言った。分かっていても止まらなかった。失礼な奴だと、怒らないのか。
 そう言いかけた俺を遮って、白川は呟く。
「……お前が、そう、思ったなら。そう思わせた俺が悪いだろ」
 こいつは最初に話しかけてきた日からずっと、俺の言いたいことの半分も言わせてはくれない。拒絶されているようで悲しくなる。おかしい。俺から突き放したはずなのに、俺は自分から引き起こした事態に勝手に傷付いている。
「まあ、思ってたより長く続いたし……ちょうどいいだろ」
 俺がぐるぐると考えている間にも、白川はまたぞろ何か勝手に納得して一人で結論を出してしまう。なんだかとても、嫌な感じだ。
 悲しいことを言われる気がする。
「面倒事頼んで悪かった。いい加減嫌気がさしてたんだろ。朝倉は優しいし面倒見いいから、やめたいって言えなかったんだよな」
 気付けなくてごめん、と。何を考えているか分からない表情で静かに言う。まっすぐに俺を見て。
「もうやめよう。今までありがとな、朝倉」
 何が「気付けなくてごめん」だよ。気付けよ。
 お前のその台詞、俺、今一番聞きたくなかった。

prev / back / next


- ナノ -