羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 急に車線に割り込まれて急ブレーキを踏む羽目になって、それでもどうにか悪態をつかずに済んだのは助手席にマリちゃんが座っていたからだと思う。あとは、俺の代わりに暁人が文句言ってくれたから? お陰で俺は「みんな大丈夫?」と周りを心配するだけでよかった。好きなひとの前であまりよろしくない言葉遣いが口をついて出るなんてことは避けたかったから一安心。
「――セツさん、何を召し上がりますか?」
 隣から声をかけられてはっとする。そう、ここは既に車の中ではなくて、別荘に向かう途中のファミリーレストランなのだ。ファミレスでいいの? って感じだったんだけど、このくらいの年頃の子って多少大味でも量が多いとかおかわり自由とかの方がいいっぽい。でもマリちゃんはどうなんだろ? こういう場所で食べたりしなさそう。
「どうしよっかな……あ、ジェノベーゼあるしこれにしよ。マリちゃんは?」
「お魚の定食にします。この西京焼きの……」
 一番通路側に座っていた大牙くんがみんなの分もまとめて注文してくれて、ちょっと遅めの昼食だ。
 みんなはドリンクバーに飲み物を取りに行くとかで、俺は座ってていいとのことだったのでアイスコーヒーをお願いして五人を見送る。平日の昼下がり、ランチタイムが終わりかけの店内にあまり人は多くない。大きなガラス越しに外が見えて、天気がいいことに嬉しくなったりした。
「ゆきさん、どうぞ……これ」
 程なくして、佑護くんがアイスコーヒーと……おそらくウーロン茶、のコップを片手に戻ってきた。この子は俺のことを「ゆきさん」って呼ぶんだけど、大牙くんが「ゆきちゃん」って呼ぶからなのかな? 佑護くんは大牙くんと仲がよさそう。宏隆くんは「おにいさん」って呼ぶし、みんなの性格というかこの五人の交友関係が垣間見えて面白い。親しい人の呼び方って自然とうつったりするよね。
「ありがとー。あれ、他のみんなは?」
「あー……あいつらは、ちょっと」
 えっなんで濁すの。内心だけにとどまらず首を傾げてしまった。かと思えば、すぐに暁人の「これはこれでいけるだろ!」という声が聞こえる。
 声のする方に目をやって、思わず顔が引きつった。
「うわっ、お前何その色……おかえり」
「ただいま兄貴っつーか見てこれ、コーラとメロンソーダとオレンジジュース混ぜたらコーラが強すぎてドブみてーな色になった」
「高校生にもなってドリンクバーで遊ぶんじゃねーよバカ」
「遊びじゃねーし! 美味いんだって、絶対美味いんだって」
 よく見たら佑護くん以外は各々飲み物をブレンドしてきたようだ。うわあもう、うちの暁人がマリちゃんによくない遊びを教えている……。
「マリちゃん、嫌だったら嫌って言っていいからね……!?」
「えっ。あ、これ、ぶどうソーダとカルピスです……セツさんが以前作ってくださったカクテルを思い出して、懐かしいなって思ったので……」
「んん……そ、そう……おいしいよね、ぶどうとカルピス……」
 あまり行儀のいいものではなかったですね、と恥ずかしそうに笑うマリちゃんに完敗してしまった。暁人の視線が痛すぎるけどどうにか無視する。分かるよ、『お前俺には文句つけるくせして……』みたいな意味だろ。いいんだよマリちゃんは常識の範囲内で混ぜてるんだから!
 まあ、あまりドリンクバー占領しないできちんと残さず飲むなら問題無いかなと思う。他の二人にも何を混ぜたのか聞いてみると、大牙くんはメロンソーダとオレンジ、宏隆くんは紅茶とオレンジとのことだった。どうやら、ドリンクバーのところに『オススメの組み合わせはコレ!』みたいな感じでいくつか紹介されているらしい。
 俺は、ドブみたいな色のジュースにストローを突っ込んでいる暁人に尋ねる。
「美味いの? それ」
「お前がたまに生み出す失敗作よりは余裕で美味い」
「テメッ……喧嘩売ってんのか……」
 可愛げの無い弟だ。
 別に強がりでもなんでもなかったらしく、暁人はそのドブ色カクテルを普通に飲みきっておかわりを取りに行っていた。しっかしこいつの色彩センス、仕事する上で大丈夫なんだろうか……。
 余計な心配かもしれないが、いくら味はマトモでも見た目がやばいものを作っていたら俺が止めてやらなければ。
 それにしても、こんな些細なことでも楽しめるんだな。俺もこのくらいの年頃ならそうだったんだろうか。こうやって周りの目を気にせずにジュースを混ぜたり、自分の好きな味を見つけてみたり、することもあったのかも。
 アイスコーヒーをストローでくるくるかき回すと氷の涼しげな音が鳴った。……俺だったら、ドリンクバーで何を混ぜるんだろ。
「セツさんのおすすめの組み合わせとかってありますか?」
 と、そこにまるで俺の心を読んだかのようなマリちゃんの呼び掛け。えー、どうだろ。ぱっと見た感じカルピスにオレンジとかメロンソーダとか分かりやすく美味しいと思うけど。実はビールにも合うんだよな、万能すぎる。
「前から思ってたけど兄貴って何にでもカルピス混ぜるよな」
「牛乳とかヨーグルトとかああいう白い飲み物は大体何と混ぜてもそれなりに美味くなるようにできてんだよ」
「うわ雑! もっとプロっぽく言って」
「は? 梅酒を飲むヨーグルトで適当に割るだけで美味いからな、これはマジだから。ちょっと度数高めのやつが美味い」
「お前それ絶対女を酔い潰すのに重宝されるレシピだろ……」
「人聞きの悪いことを言うな」
 マリちゃんの前でそういうこと言うのやめてくんない!?
 幸い、「ほんとうに仲良しですね」と笑ってもらえたのでほっと胸をなでおろす。マリちゃんだけじゃなくてみんなに満遍なく笑われてしまった。やっぱり暁人と喋ってると口調が雑になるなー……気を付けないと。
 喋っている間にそこそこ時間が経っていたようで、注文した料理が届き始める。隣にいたマリちゃんに箸を手渡すと、お礼と一緒にこんな一言。
「また、機会があればおいしい組み合わせ教えてくださいね」
 それは、もちろん。俺は頷いてフォークを取る。
 マリちゃんの目の前に置いてあるコップの、乳白色がかった淡い紫色がとても綺麗に見えた。

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