羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

INFO / MAIN / MEMO / CLAP


「オレは……あー、えっと……か、顔が好き、だなって……」
 風呂に入っている最中、ひょんなことから初めて会った日の話になり、「なんだか甘い匂いのする恰好いいお兄さんだなと思ったよ」と伝えてみると冬眞くんはもごもごしながらぎこちない様子でそんな風に言った。
「なんとなくそうかなとは思っていたけれど、こうして明言されると恥ずかしいね」
「無意識に顔見てるかもだけどそれはマジでごめん……」
「別におれの造作は特別優れているわけでもないのに不思議だな」
 冬眞くんは真っ赤になってしまう。きっと風呂のせいだけじゃないだろう。可愛いものだ。
 好きな人に好かれている部分が多いというのは喜ばしいことなので、素直に喜んでおくことにしよう。冬眞くんは最近開き直ってきたらしく、やけにおれの写真を撮りたがる。微笑ましいなと思う。たまににこにこしながらスマホを見ているのでどうしたのかと思って聞いてみると、おれの写真しか保存されていないフォルダを整理しているなんてことが多々あるのでそういうときは目の前にいるおれ自身の立場は……? と思ったりもするが。
 曰く、『動いて喋るのと瞬間を切り取ったのとじゃそれぞれ違う魅力があるから!』とのことだ。
 絵を描く人間として微妙に納得できてしまうところが悔しい。そうなんだよな、それはそれ、これはこれ、ってやつだ。おまけに、冬眞くんが撮るおれって不思議なくらい写真写りがいい……どういう裏技を使っているんだろう。
「……というか、冬眞くんは少しマゾヒストの気があるのか?」
「えっなんで」
「性悪が好きなんだろう」
「だからそれは違うって……」
「セックス、酷くされたい?」
 冬眞くんは一瞬だけ悩んだけれどすぐに「それはやだ」と言った。いや、悩む余地無いだろ。なんで一瞬でも悩むんだよ。
「で、でも、ちょっと意地悪なこと言われるくらいならいいよ」
「……冬眞くんって可愛いよね、そういうところ」
 おれは一体何を期待されているんだ。
 酷くするつもりはさらさら無いので若干申し訳なく思いつつ冬眞くんにキスをするとそれはそれでめちゃくちゃ喜んでくれて余計に不思議だ。心境について尋ねてみたところ、「普段は優しいけどたまーにちょっとだけ意地悪だったりするのが興奮する……」とのことだった。これは、褒められていると思っていいんだろうか。優しいと思ってもらえてるってことだよな?
「アンタが相手だと言うつもり無かったことでも全部言っちゃうんだけど」
「おや、それは光栄だ。信用してもらえていると思っていいのだろうか」
「アンタのことはオレ自身よりもよっぽど信じてるっつの」
「じゃああなたのことはおれが最後まで信じているから、ちょうどいいね」
 冬眞くんは自分で思っているよりもずっと気遣いが濃やかで優しくて努力のできる人だ。二年以上待たせてしまったのに文句のひとつも言わず、おれが触れるだけでとても嬉しそうに笑ってくれるのだからもう離れられないなと思う。おまけにセックスのときはとてもいやらしくて可愛い。たまに、ちょっと刺激が強すぎるよなあと思うこともある。言わないけれど。だって、恥ずかしがって声を我慢してしまうようになったら残念すぎるじゃないか。
 最中に口調が幼くなるところがとても可愛いのだ。柔らかいものを口に含んだような舌足らずな喋り方になる。たぶん本人は気付いていない。おれの言ったことはよく覚えているわりに、自分の言ったことはさっさと忘れてしまうのが冬眞くんだ。
「春継、この後って……」
「うん? なにかな?」
「……もしかしなくても分かってて聞いてるよな」
 そうだね、意地悪されたいって言っていたから。反応が可愛くてつい遊んでしまう。このくらいなら平和でいいだろう?
「どうしたいか言ってごらん。ちゃんと、叶えるよ」
 冬眞くんは湯船の中で迷うようにぶくぶく息を吐いていたけれど、やがて意を決したらしくこちらに身を乗り出してくる。
「…………、……しよ」
「ふふ、もう一声」
「う……えっと、……抱いて、ほしい。ね、春継、セックスしよ」
 ああもう、これだから冬眞くんは色々刺激が強すぎるんだよな。煽ったおれも悪いけど。「一方的に言わせるのはやっぱりよくないね。おれもあなたを抱きたいな」と言ってみると「うう……好き……」と呻かれた。やっぱりこの人かなり面白いし可愛い人だ。
 長いこと湯船に浸かっていたのもあってか冬眞くんの瞳はもうとろとろで、待ちきれないって顔をしている。のぼせてしまっては困るし、体を洗うだけ洗って早く出よう。たぶん、後でまた風呂に入ることになる。
「冬眞くん」
「なに……?」
「好きだよ。これからも、おれにしてほしいことはなんでも言ってね」
「じゃあ、アンタもオレにしてほしいこと言って。……いつも『好き』って言ってくれてありがとう。オレも好き」
 熱っぽい視線に鼓動が高鳴るのを感じた。してほしいこと……してほしいこと、か。
 なんだろう、いつも笑っていてほしいし、どうしても泣きたくなったらおれの傍に来てほしい。あんまり無理はしないで、疲れたときは疲れたと言えて、美味しいものを食べたら元気になるみたいな生活だといいな。自分の『好き』を恥じないでほしい。あなたの愛には何にも代えがたい価値があるのだと知っていてほしい。そんなあなたのことを愛する人間がここにいるのだということも。
 ああ、そうか。色々並べてみたけれど、結局は『幸せでいてほしい』ということだ。
「日本語って難しいね、冬眞くん」
「なんだよ急に」
「あなたのことばかり考えてしまうということだよ」
 混乱しつつも照れている様子の冬眞くんを横目に泡を流して立ち上がる。冬眞くんの手を取って、「さ、行こうか」とめいっぱい優しく言った。温かい手と、小さく頷くしぐさ、嬉しさを隠せない声や唇。全てが輝いて見える。愛しく思う。冬眞くんがいると、おれは一人のときの何倍も幸せを実感することができる。
 ――どうか彼の人生にとっても、おれが幸いをもたらすものでありますように。

prev / back / next


- ナノ -