羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「おかしい」
 オレの一言に、高槻は首を傾げて「味付け何か変だったか?」と言った。
 目の前にはミートローフ。ニンジンとインゲンで模様が作ってあって見た目も華やか。こいつほんと器用だな。……いやいやそうじゃない。こいつの料理はいつも美味しい。そうじゃなくて。
「お前、なんか全然態度変わんなくない?」
 そう、オレたちは長年のすれ違いを経て最近ようやく恋人同士という関係に収まったというのに、高槻からはそれがいまいち感じられない。バカップルしようってわけじゃないんだけどさ、もうちょっとあからさまになってくれるくらいは許されるんじゃない?
 オレの主張は、「はあ?」みたいな呆れ顔で打ち返される。曰く、これまでも特に隠しているという意識は無くて存分に愛情表現していたので、いざ恋人同士になったからといって劇的に何かが変わるものでもない、というのが高槻の言い分らしい。
「お前がここに来るときはどんなに遅くなっても店開けて待ってるし、食べたいものがあれば手作りするし、我儘言われるのも悪くねえなって思うから大抵のことは叶えるし」
「うわああ確かに……あまりにも日常的な光景で意識できてなかった。それはごめん」
 愛情の上にあぐらをかいちゃダメだよね。
 高槻はそれでもオレの発言を高槻なりに噛み砕いてくれたみたいで、ちょいちょい、と手招きをされたから素直に身を寄せるとカウンター越しにキスされる。「……こういうこと?」そうそれ! うーん、あまりにもスマート。やっぱ慣れてんなこいつ。
 確かにもう長いこと一緒にいるし、恋人っぽいことっつったらキスしたりセックスしたりくらいしか無いのかも。同じベッドで寝るくらいまでなら済ませちゃってるしな、数年前に。
「っつーかお前ぶっちゃけオレで勃つの」
「勃つんじゃねえの? お前がへたくそすぎたら萎えるかもしんねえけど」
「経験浅いんで過度な期待をしてもらっても困るんですけどね!」
「いや、特に期待はしてない」
「えっひどくない?」
 オレにも男としてのプライドみたいなもんはあるのに。
 高槻はふっと笑って、「別に上手い奴とヤりたいわけじゃねえし。お前が相手だったらなんでもいい」と言う。
「た、高槻……! カッコイイ……!」
 あっじゃあお前が女役やってくれるの? とついでに尋ねると今度は「はあ?」と声に出して言われた。だって今の話の流れだとそんな感じじゃなかった?
「オレが相手ならなんでもいいんでしょ?」
「えええ……お前『期待するな』って言うくせしてなんで突っ込む方をやりたがるんだよ」
「そこまで全身で不安を主張してこなくてもいいじゃん!」
「だってお前色々と雑だし……たぶん俺の方が上手いし……」
 車の運転の雑さに全部表れてる、と言われて釈然としない。運転とセックスって通じる部分あるんだろうか。だとしてもオレ、自分の運転がそんなめちゃくちゃだと思ったこと一度も無いですけど? 超安全運転だし。
 あ、でも。だとすると奥ってそういうの上手いのかな。
「……名前出すなよ?」
「なんでオレが考えてること分かったの!? エスパー?」
 高槻はやっぱりすごい。
「いやでも分かんないじゃん? オレのセックスの才能がここにきて開花するかもしれないし」
「お前その才能開花して嬉しいか……?」
「そ、そもそもこういうのの上手い下手って自己申告は全然信用ならないし!」
 っつーか普通は恐ろしくて口に出せねえよ。相手の子たちに散々褒めちぎられてきたのか? この顔面とセットで。まあこいつ、尽くし体質だし相手の希望を汲み取るのが上手いから確かにこういうのには向いてそう。
「……これはすげー真面目な話なんだけどさ」
「なんだよ」
「お前ただでさえ経験人数多いし、オレが抱かれる側だとなんかこう……お前がこれまでにそういうことしてきた女の人たちの延長線上に自分がいるみたいでちょっと……」
「あー…………」
 なんか真っ当なこと言ってる風だけどこれって要するに童貞は諦めるから処女よこせって意味だよね。どんだけ必死なんだよオレは。
 昔どこかで聞いたんだけど、男は女の最初の男になりたがるし、女は男の最後の女になりたがるんだって。オレも誰かさんのこと色々言えないなーと思ったり。
「……まあ、その話は追々な」
「自分に都合が悪くなったからってあからさまに話題打ち切ることなくない?」
「いっそアミダくじとかで決めるか」
「自分の方がラック値高いからってずるい!」
「完全運任せなのに何がずるいんだよ……」
 いやいや、運任せだと勝てる気しないし。こうなったら最終手段は泣き落としだな……。
 まあ、こいつに抱かれるのも実はやぶさかではないのだ。たぶん申告通り上手いだろうし、めちゃくちゃ優しくしてくれそうだし、めいっぱい甘やかしてもらえそう。かなり魅力的だ。でもまあそれはそれとして、オレばっかり『初めて』のことが多いのは不公平だと思う。高槻にも新鮮味を感じてほしい。要するにこれはオレのワガママじゃなくて、高槻のことを思っての発言なんだよ! ……いや、ちょっと苦しいな、この言い訳。
 正直、高槻のこと抱けるか? と聞かれると「うーん……」という感じ。分からない。抱けるか分からないくせに突っ込む側に立候補してたのかよ? って言われそうだけど、だってしょうがなくない? 高槻ってオレより体つきしっかりしてるし、カッコイイもん。女の子みたいにオレの下でおとなしーくしててくれるかどうかを考えると非常に微妙。あと、「うわっへたくそ……」みたいな反応されたら心もちんこも折れる自信がある。
 ……あれ? なんか考えれば考えるほど、オレが男役やるのって不合理な気がしてきた。こ、こんなはずでは……。
「とりあえずセックスのコツとか聞いとけばいい? 先生」
「何言ってんだお前」
「いや、オレって勉強は得意だから少しでも悪あがきしてみようかと思って。そもそもコツとかあんの?」
 高槻は、「俺も別に人に教えられるような特別なことはしてねえよ。気をつけてることはあるけど」とぼやく。じゃあその気をつけてることを教えて、って頼むと、しぶしぶ……って感じに教えてくれた。
「まず、優しくすること」
「大前提だね」
「丁寧にすること」
「ふむふむ」
「あとは……相手のことだけ考える、こと。それだけ」
「……ふ、深い……」
 そういえば昔、まだ津軽が現役で走ってた頃にあいつ何かの雑誌の取材受けてたんだけど、『タイムを伸ばすコツは?』って聞かれて、『毎日きちんと練習して、体調をしっかり整えて、楽しく走ること』って言ってたな。当たり前のことを当たり前にできる奴は強いのだということが再認識できた。
「才能ある奴のアドバイス、役に立たねえー……」
「……、テストで高得点とるコツは?」
「は? 予習復習しっかりすれば?」
「お前自分の三秒前の発言覚えてねえのかよ」
 ええー、勉強と一緒にされてもなんか釈然としないものがあるよ。まあでも、抜きん出て素晴らしい結果を残している人に限って最終的には努力と運が大事、って言うイメージあるかも。
 今ここで焦って役割分担決める必要も無いかな、と思ったので、高槻の言うとおり追々考えていくことにしようと思う。なんかもうその場の雰囲気でどうにかなるよね!
「別に抱こうが抱かれようが愛情の度合いが変わるわけじゃないもんね」
「ん? ああ、そうだな」
 考えるのが面倒になってきて話を切り上げる。ミートローフが美味しい。
 何も解決していないのに全部綺麗に解決できたような錯覚に陥ったオレは、今日も美味しい料理に思う存分舌鼓を打ったのだった。

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