羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「ようやく収まるとこに収まったかよ」
「ようやくって何だ……」
 嫌そうな顔をする高槻は今日も顔がいい。こいつは身近な人間であればあるほど愛想がなくなるので相変わらずの仏頂面だったが、愛想笑いされてもそれはそれで気色悪いから気にしないことにする。
 この間からうだうだぐちぐち煩かったが、ようやく終わりかと思うと気分さっぱりだ。
「……何か失礼なこと考えてるだろお前」
「いや別に。これでもう鬱陶しい愚痴聞くこともなくなると思うと酒が美味い」
 そして人の金で飲む酒は美味い。今日はこいつの奢りらしい。
 意外なことに高槻はここでちょっと笑った。こいつの、愛想笑いとか猫かぶりとかじゃない笑顔は悪くないと思う。っつーかこいつ、明らかに取り繕うことで損するタイプだよな。好きでもない奴に好かれたって面倒が増えるだけじゃねえの?
 小学校からの同級生の難儀すぎる生き方に内心呆れつつ、俺は料理を口に運ぶ。うん。美味い。
 俺は、こいつに料理を『お任せで』作ってもらうのが結構好きだったりする。本人について色々気に食わない部分はあれどやっぱりこいつの作るものは美味いし、何より作るものにこいつの気遣いだとか優しさだとかが表れてると思うから。
 はたして八代が気付いているかどうか謎だけど、こいつは八代に飯を作るとき量が少なめで種類を多めにしてる。八代が、あんまり量は食えないくせに色々種類は食べたがるっつーくそ我儘な食の好みしてるから。遼夜が食べるものは味付けが淡い感じ。味覚が敏感だからかもな。玉子焼きはちょっと甘め。俺のときは……うーん、自分じゃ気付かねえわ。たぶん俺のときも細部を色々変えてくれてるはずだ。
 高槻は食事を出す相手によって味付けを変えるし、それだけじゃなくて今日はいつもより暑いとか寒いとか、たっぷり運動した後だとか、ちょっと疲れが溜まっているだとか、そういうのも考慮して食事を作ってくれる。流石に店で普通に出すものはその限りじゃないが、個人的に会って話をして、そういうときにこいつが一から作ってくれるものは全部そうだ。大皿の料理なら薬味やソースで差別化したり、かなり濃やか。
 なんでそこまで、と思わなくもない。でも、もしかしたらこいつにとって、料理をすることは誰かを大切にすることと同義なのかもしれないな、とは思う。
 食べることは生きることだ。
 こいつはそれをよく知っている。
「高槻」
「あ? なんだよ」
「愚痴は鬱陶しいとは言ったけど、惚気くらいなら聞いてやらねえこともない」
 どうせだったら楽しい話がいいだろ、こんなに飯が美味いんだし。
 高槻は少し悩んだ様子で、「……あいつは、なんでか知んねえけど俺のことが好きなんだよな」とだけ言った。まーだそんなこと言ってんのかこいつ。
「八代は何も言わねえの?」
「いや、色々言われたけど……なんつーか、本当にそんなんでいいのかよって思って」
「贅沢な悩みだな」
「……そういうもんか」
「おう、めちゃくちゃ贅沢だと思うぜ俺は。素直に喜んどきゃいいじゃねえか」
 どうやらこいつは好かれる理由が自分の中できちんと納得できないと不安になるタイプらしい。今まで何人も付き合ってきた女はどうだったんだよと聞いてみるとそいつはかなり長考して、やがて「…………俺の顔がいいから?」ととんでもない結論を出した。
「お前のその、自分の顔嫌いなくせに顔にしか価値が無いと思ってる辺りマジで鬱陶しいな……今後顔に火傷とかしたらお前の価値はゼロになっちまうのかよ? 違うだろ。っつーか付き合う相手に対してもかなり失礼な考え方してるぞそれ」
「……なんかお前に真面目に諭されるのも気色悪いな」
「ぶっ飛ばされてえのかテメェは」
 人がせっかく長文マジレスしてやってるっつーのに。
 俺もこいつも元々そんなに口数が多い方じゃない。だからこうやって二人で話し込むことって実はかなり珍しいのだ。いつもつるんでる奴らの中では一番付き合いが長いはずなのに、サシで話す機会はあまり無かった。
「……じゃあ、お前はどうなんだよ」
「は? 何が」
「お前は、あいつに自分のどういうとこが好かれてると思ってんだ」
 遼夜の話? あーどうだろ。本の趣味が合うとか一緒にいると楽しいとか、そんな感じじゃね。
 高槻が「それだけ?」みたいなちょっと不思議そうな表情をしたものだから笑ってしまう。
「別に、人を好きになるってそこまで劇的じゃなくてもいいと思うぜ」
「劇的……」
「漫画や小説じゃねえんだから。いつの間にか一緒にいる時間が増えて、それが当たり前になって、その『当たり前』に保証が欲しくなったらもうそれで好きってことだろ」
 理由は些細なことだっていいんだよ、きっと。他の奴にとってはどうでもいいことかもしれないそのちっぽけな『何か』に俺は運命を感じるんだから。
 高槻は納得したようなしてないような微妙な表情をしている。命の恩人だとか一緒に世界の崩壊を防いだとか運命共同体になったとか、そういうのはフィクションの中だけで十分だろ。
 ちなみに俺はいわゆるセカイ系ってやつが好きだ。
 まあ高槻に言っても絶対通じねえけどさ。遼夜には通じる。八代でぎりぎりって感じ。
 閑話休題。話が逸れたな。色々と自分の中で噛み砕いたらしい高槻が神妙な顔で頷いて、「なんとなく分かった気がする」と呟いたので俺も満足だ。
「まあ確かに八代はちょっとお前の顔好きすぎだけど」
「あっやっぱ俺の気のせいじゃなかった……あいつおかしいよな? かなり異様」
「おかしいっちゃおかしいけど顔だけが理由じゃねえんだろうからお前はどーんと構えておけばいいんじゃね」
「いやでもいつの間にか俺の父親と無駄に仲良くなってるし……この顔だったらなんでもいいのかよ……」
「その顔だからとかじゃなくて、『お前の』父親だから仲良くなったってだけだろ。なんでいちいち捻くれた思考回路でネガるんだよ」
 こいつくらいスペックガン積みならやることなすこと全部上手くいって人生ベリーイージーモードで底抜けにポジティブ思考でもおかしくないと思うんだけどな……。まあ、その辺りは家庭の事情ってやつか。
「……、頑張って俺じゃなきゃできないことを増やす」
「んっ? お、おう……何を決意してんだお前はこの短時間で……」
 これ以上できること増やしてどうすんの? マジで。
 よく分からないまま高槻にお礼を言われて俺は歯切れの悪い返答をするしかない。こいつの感謝のタイミング、かなり謎だ。元気になったっぽいから結果オーライだが。
 腹も満たされそろそろいい頃合である。ごちそうさまと手を合わせて酒の最後の数滴をきっちり飲み干すと、高槻は嬉しそうに笑って「お粗末様」と小さく言った。
 同じ学校に通っていたときはあまり腰を据えて話す機会も無かったのに、こうして大人になってから仲が深まるというのは俺としては悪くないことだと思ってる。俺も昔に比べて大分丸くなったし、高槻も生きることに余裕が出てきたみたいだし、いいタイミングだったのだろう。
「……次は、もうちょい楽しげな話題用意しとく」
「おー、期待しねえで待っとくわ」
「一言多いんだよお前」
 そうやって軽口を叩き合って別れた。もしかしたら俺はあいつに「八代はお前のそういう優しいとこが好きなんだと思う」とでも言ってやればよかったのかもしれないが、まあ、せいぜい自分で納得できるまで悩めばいいと思う。
 時間なら、これからいくらでもあるしな。

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