羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 真っ先に考えたのは、この気持ちがバレないようにしなければ、ということだった。すぐ顔に出るから分かりやすいなどと本人に言われてしまっているので余計にだ。こんな風に顔色で悩み事が周りにバレるだのバレないだのと心配したことなんてなかったのになと考えて、バレてはいけないような何かを抱え込んだことが今まで一度もなかっただけだということに思い至った。
 告白はいつも受ける側だったし、よく遊ぶような女子は普通にオーケーして、あまりよく知らない女子はとりあえず友達から、でよかった。一緒にいればいいところはたくさん見えてくる。俺も、相手をどんどん好きになる。
 彼女はいたらいたで楽しい。女子は可愛いと思う。でも同性の友達と遊ぶのだって楽しい。彼女じゃなくて友達と行きたいところしたいことというのは確実に存在するし、それが当たり前だと思っている。要は、彼女を積極的に欲しがる必要がなかったというか、環境になかったというか。
 もちろん恋人同士になってからは楽しんでもらえるように色々考えたり誘ったりもするし、付き合った女子の彼女としての振舞いを見て可愛いと思うし、キスだってセックスだって彼女がうんと頷けばしてきたけれど。一番最初のきっかけは、相手から。
 俺は、誰かを振り向かせたいと思ったことがなかった。最初から、こちらを向いてくれている奴しか見えていなかったから。
 自分で言うのもなんだけど、俺の彼氏としての評判はなかなかいい方だったと思う。「拓海は行きたいとことか丸投げしてこないのがいいよね」「ご飯食べるときだって、『なんでもいい』なんて絶対言わないし」「ちゃんと色々考えてくれてるの分かる」そんなことをこれまでも言われてきたから、まあそこまで間違った対応はしていなかったはずだ。だから、俺はてっきり自分から動くタイプなんだと自分で思っていた。
 でも、違う。好きになってくれたから好きになっていた。そんなことに今まで気付けなかったくらいには恵まれていたのだ。俺のことを好きだと言ってくれる奴は、それが友達としてでも恋人としてでも多くいた。
「じ、人生初……」
 思わず声に出して、間抜けすぎる響きにげんなりする。自分が先に、っていうのは初めてなのか、俺は。何がとは言わないけれど。言ったら認めなければならなくなる。
 結局その日の夜はよく眠れなくて、次の日が休日であることをこんなに感謝したことはなかった。日を跨げば流石にいくらか気持ちも落ち着く。その日は誰にも会わず、ひたすら音楽を聴いたり母親の家事手伝いをしたりして過ごした。あいつも好きだと言っていたアーティストの曲は色々思い出しそうなので一旦プレイリストから外しておいた。いっそこのまま冬休みになればいいのに、とも思ったけれどそうもいかない。
 一人でぼーっとしていると余計なことばかり考えてしまいそうで、母親のやっていた家事を片っ端から横取りしていったら最終的に体調不良を疑われてしまった。「さっきから顔色が赤くなったり青くなったりおかしい」とまで言われ、俺はそんなに分かりやすいのかと恐ろしくなる。いや、親だから分かるのだと信じたい。
 なおも心配する母親を落ち着かせ、夕飯の支度までしてしまった。包丁で野菜を等間隔に切っていると集中できることが判明した。きっとこの集中力は役に立たないが。
 とにかくあいつのこと以外に思考の容量を使いたくて一日中必死だった。その努力の賜物か、あっという間に一日が終わった。明日を迎えたくないのに結果的に明日を迎えるのを早めてしまったような感じで自分の本末転倒具合に呆れる。
 俺はベッドの上で分厚い羽毛布団にくるまり、暗闇の中じっと目を開けていた。
 眠れない。
 まったく眠くない。寝たら明日になってしまうから体が拒否しているのだろうか。
 ふう、と軽くため息をつく。
 平常心だ。平常心を保つしかない。そもそも勘違いかもしれないし。たまたま雰囲気に流されただけで、学校で会えば何とも思わないかもしれないし。
 そんな無駄にも思える決意を胸に、俺は月曜日の朝が来るのが少しでも遅くなりますようにと珍しく夜更かしをしながら祈るのだった。
 明日は、人ごみが嫌だといっても登校時間を遅くずらすべきだろう。

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