そっと墓石から離れてオレの傍にやってくる高槻。「……どう? オレに愛される覚悟できた?」調子に乗って尋ねてみると、そいつはオレを見てはらはらと泣き出した。びっくりして言葉に詰まってしまう。こいつ、泣くとき前触れねえな!?
「い、今までずっと、さくらのこと裏切ってるみたいで嫌だった……」
それはなんで? 出来る限り優しく尋ねる。
「俺、ばっかり、いい思いしてる気がしてた……学校に行けて、友達と会えて、そういうの全部、」
でもさくらちゃんは寧ろ高槻が外で遊びたがらないのを悲しんでたし、ちゃんと高校に行けたのを喜んでたよね。幼かったけど幼稚ではなかったし、か弱くはあったけれど心はけっして病気に負けていなかった。あの頃のオレよりもよっぽど思慮深く、芯のある考えを持っていた。
何より、さくらちゃんは自分のこと「幸せだ」って言ってたから。
お前があんまり自分の幸せ制限しちゃうと、そっちの方がさくらちゃんにとっては裏切りみたいなもんだと思うよ。そうでしょ?
高槻は頷いた。元々の造作が整っているせいか泣いている顔を見ても真っ先に「綺麗な顔だなあ」という感想が出てくる。うーん、やっぱりどう考えてもこの顔が好きだわ。別に顔で好きになったわけじゃないけど、顔も立派にこいつの一部なんだから要するに好きなんだよ。
すんすん泣いているそいつを抱き締める。「お前、やっとオレの前で泣いたね。なんか達成感ー」泣かせたかったのかよとドン引きされている気配を感じるが気にしない。お前がお父さんと再会したあの日、やっぱり家族は別格なんだなってちょっと悔しかったんだよ。達成感を覚えるくらい別にいいだろ。
「まあ家族以外のことじゃ泣かないんだろうけどね……」
「? なに、言ってんだ」
聞こえなかったのかと思ったがそうではなかったらしく、「俺は、今、っこれからもお前の隣にいていいんだって……それが嬉しくて、涙が出てくる……ん、だけど?」とつっかえながら教えてくれた。お前それ、最高の口説き文句だわ。そんなにオレを喜ばせてどうすんの? ありがとう。ごめんね家族に嫉妬して。
心の狭い自分を反省しているうちに高槻はちょっと落ち着いたようだ。抱き締められているのが恥ずかしかったのかやんわり離れていってしまう。うんうん、続きは後で。
「ね、オレ今めちゃくちゃ機嫌いいからどんなワガママでも聞いちゃうよ。何かある? なんでもいいから言ってみて。お前がオレにしてほしいこと、小さなことでもいいから教えてほしい」
それはちょっとした遊び心。付き合って、って言われたら勿論だよって答える気でいたし、結婚して、って言われてもオッケー海外挙式しようぜ英語は任せろ! くらいは返せる。そんな甘い気持ちでの呼びかけは、思いの外真剣な言葉で返ってきた。
「……じゃあ、俺より先に死なないで」
もしこの先俺のこと嫌いになっても、一分一秒でもいいから俺より長く生きて。そう答えた高槻はもう泣いていなかった。「はは、重いね」その重さが嬉しくて笑う。もし嫌いになっても、の部分はいらないよ。ありえないから。
「俺、きっと『好き』を許されたら鬱陶しいと思う」
「お前の鬱陶しさはとっくに知ってるから平気だよ。……因みに不慮の事故とか病気とかはどういう扱い?」
「それは……まあ、仕方ない。妥協する」
「意外と判定ユルいな」
「すぐ後を追うから問題無い」
「問題しかねえ! な、長生きさせていただきます……」
こいつはこういう冗談は絶対に言わない。さくらちゃんのことがあるし、簡単に生死にかかわる言葉は使わない。つまり本気だ。なにこれ、「私、死んでもいいわ」ってやつ? 絶対ニュアンス違うでしょ?
「……やっぱ、お前みたいにめんどくさくて回りくどくて重い奴の相手できるのってオレくらいだよ。観念してオレに愛されちゃって。幸い末っ子で溺愛には慣れてるからお前も思う存分オレのことを愛してくれていいよ」
こくり、と頷くそいつ。あー、これ、もう安心していい? 手に入れたって思っていい?
キスしようとしたら手に阻まれた。え、なになに、めちゃくちゃショックなんだけど。高槻はちょっと困ったように笑って、「……ここではちょっと、流石に。初めてだし」なんて言う。そっかごめん、全然周り見えてなかったけど確かにね。タクシー呼びました。
分かりやすいように表の通りまで出るか、ってなって、帰り際高槻が「そういや俺の母親もここにいるってつい最近聞いた」なんて言うものだから。オレは大慌てで墓前に戻って、今度こそ「息子さんを僕に下さい」をやったのだった。
綺麗にオチがつきました。
「普通に寝るしねお前……」
帰ってきて、高槻が顔洗いたいって言うから見送って、そしたらついでに歯も磨いたみたいで。もう遅いからオレもこのまま泊まらせてもらうことにした。離れたくない気分だったし。やりたいことはたくさんあるし。
そしたら、おろしたての歯ブラシを一本貰ってからオレが歯磨きを終えるまでの、一瞬目を離した隙に高槻は寝てた。嘘みたいだけどほんとの話だ。
「泣き疲れちゃった?」
だとしたら相当可愛いね。きゅんきゅんするわ。
「はー……夢みたい。諦めきれずにいてよかった」
でも言質とってないのがちょっと不安。大丈夫だよね、オレたち恋人同士になったよね? なってないのかな。オレはちゃんと告白できたと思うし、こいつの返事待ち状態? ここまできてそういう関係はムリって言われたら泣き喚く自信があるよオレは。
触りたいし触ってほしいし、もっともっと特別なこともしたい。
「今日は大人しくおあずけ食らってあげるから、起きたらめいっぱい甘やかしてね」
髪をそっと撫でて電気を消す。流石に、家主の許可無くシャワーは使えない。目が覚めたらまずは風呂だな、と思いながら、オレはいつだったかと同じように高槻の隣に寝そべる。
――八代遥は恋をしていた。
恋愛感情というやつを、親友である男に対して抱いていた。愛というには幼くて身勝手で、だからきっとそれは恋だったのだ。初めて会ったあの日から、ずっと特別でずっと大切な奴がいる。
これからゆっくり、愛になるだろう。