羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「……まずさあ、どう考えても顔が好きなんだよ」
「…………あ?」
 高槻はオレの突然の言葉に不審げな声をあげた。構わず続ける。
「全体的に柔らかい色合いなのに目元がちょっと印象キツいとこが好き。細身なのにちゃんと筋肉ついててキレーな体、好き。物を扱うときの丁寧な手つきが好き。オレのワガママ聞いてくれるときの呆れたような笑い声が好き。家族に向けるめちゃくちゃ優しい表情が好き」
 自分のことを言われているらしいとそいつはようやく気付いたみたいで、「な、何言って……」と動揺してるっぽい。まだまだこんなもんじゃないよ、言いたいことなら山ほどある。
「楽しそうに料理してるとこが好きだし出来上がった料理も美味しくて好き。たまにキッチンで歌ってるの、鼻歌のくせにめちゃくちゃ上手くて悔しいけど好き。運動神経いいのに体は硬くて、オレが部屋で柔軟してると全然痛くないのに『痛くねえの?』って心配そうな顔するとこ、かわいくて好き。早寝早起きで日付変わる頃には眠くなっちゃうの健康的で好き。意外と読書家なとこが好き。漢字読めないっつって辞書ちまちま引きながらゆっくり本読んでるの、無性に好き」
 思いつくままに喋る。ネタ切れを起こす気配は無かった。高槻はいよいよ黙ってしまって、もしかしてオレの言葉を遮ったら怒られると思っているからなんだろうか。そういう素直なとこも好きだよ。これはほんとの話。
「人のちょっとした好みとかを覚えててくれるとこが好き。どんなくだらない話でもちゃんと相槌打って聞いてくれるとこが好き。猫被ってるとこもたまになら新鮮で好きだしオレの前ではちゃんと素を見せてくれるとこはもっと好き。オレだけにしてくれる特別扱い、好き」
 言いながら、好きなところを改めて噛み締める。恥ずかしいときに耳が真っ赤になるのも、目元がほんのり色づくのも、好きだよ。ちょうど今みたいに。ここまで照れるこいつはかなり珍しいから、しっかり目に焼き付けておかないと。
 ねえ、こんなのほんの一部だよ。お前と過ごしてきた中でのほんの一部。それでもこんなに好きなんだよ、溢れるくらいに。
「……家族を、大切にしてるとこが好き。人のために無理しすぎるとこはちょっと嫌い。でもそういう、誰かを思い遣って頑張れる優しいところが本当に大好き」
 高槻の手を取る。ちょっと体温が高めで、触れていると心地いい。
 真っ赤になってしまっているそいつをしっかり見つめて、「……全部、十年間毎日好きだった」と言った。本当はキスのひとつでもしてやろうかと思ったんだけど、それはちょっと我慢。今は、我慢。
「――だから、あといくつお前の好きなとこ挙げればいい!?」
「え、や、八代」
「どんだけ理由を積み上げたらお前は納得するのかっつってんの! ぐだぐだマイナス思考すんのいい加減やめろやバカ、オレはお前と一緒にいるときが疑いようもなく幸せなんだよ、オレの幸せはオレが決める!」
 やっぱりお前のその不安げに揺れる瞳とか、真っ赤になってまるで触ってほしそうに見える耳たぶとか、不思議と興奮しちゃうんだけど。こんな性癖を芽生えさせた責任とってもらわないと……なんて思いながら、オレはダメ押しの告白を叫ぶ。
「お前が自分のことどう思ってようがお前はオレにとって最高なんだから、それでいいだろ!」
 オレはさ、お前といると勝手に幸せだから、そんな心配しなくてもいいよ。それにオレだって好きな奴にはちゃんと幸せになってほしい。お前がオレと一緒にいるとき、オレと同じように幸せを感じてくれてるって思い上がってもいい?
 高槻の返事を待たずに立ち上がる。言いたいことは全部言った。すっきりした。後悔は無い。でもやり残したことはある。「高槻、戸締りして。早く行こう」「ど、どこに……」決まってるだろそんなん。お前には何の気兼ね無しにオレのことを愛してもらわないと困るんだって。
「さくらちゃんに会いに行くんだよ!」
 ほら、「お兄さんを僕に下さい」ってやつ? 鉄板でしょ、こういうの。



 駅中の花屋がぎりぎり開いてて、駆け込みで花を買って目的地に着いた。高槻は、「お前といい親父といいなんで夜の墓地に行きたがるんだよ……」と言っていたが。いいじゃん別に。思い立ったらすぐ行動だよ。それにオレ、父方の実家だと墓参りは必ず夜だったから違和感は無い。
 花を供えて手を合わせて、オレはゆっくりと語りかける。
「さくらちゃん、久しぶり。今日は伝えたいことがあって来ました」
 きっとあの日、さくらちゃんは気付かせてくれようとしていたのだ。優しくて聡い女の子だった。気丈で強い女の子だった。そして何より、家族思いの女の子だった。
「オレのこと好きになってくれてありがとう。さくらちゃんの言葉の意味、今になって分かったよ。鈍くてごめん。応えられなくてごめん。意味が分かったから……分かっちゃったから、さくらちゃんのお兄さんはオレが貰っていきます」
 オレがお兄さんを幸せにします、って言うべきところなのかもしれないけど、もっとしっくりくる言葉があったので最後に心を込めて声に出した。
「オレたち絶対幸せになるよ」
 だから心配しないでね。後半は心の中だけで呟いた。
 すると、ザアア、と一際強い風が吹く。供えた花のひとひらが風に舞って飛んでいく。頬を撫でる風は、とても心地のいいものだった。
「……ねえ、これはもう許可が出たと思ってよくない?」
「お前オカルト信じるタイプか……?」
「自分に都合のいいことだけ信じるタイプ。ほら、お前も何か言うことあるでしょ」
 高槻はその綺麗な瞳を物憂げに伏せた。でも、もう前に進むことを決めたみたい。表情に後悔が見えないことが、本当に嬉しい。
 高槻は跪く。祈るみたいに。
「……さくら」
「兄ちゃん、さくらがやりたかったことを思い出して勝手にしんどい気持ちになるの、やめようと思う。すぐには無理かもしんねえけど……別にさくらのこと忘れるわけじゃ、全然ねえけど……」
「好きな奴と一緒にいて、それが嬉しいって思うのは……悪いことじゃねえんだなって考えられるようになった、から」
 ゆっくり言葉を練っているのが分かる語り口はやっぱり優しくて、ちょっと切ない。
「今、たぶん生まれて初めて、さくらより自分のことを優先する」
「……出会ったのも俺が先だし、絶対俺の方が先に好きだった。これからもずっと好きだから、こいつは俺のにしたい」
「っつーかよく考えたらこいつは家事一切できねえし末っ子の甘ったれで割と我儘だからさくらをそんな奴に任せるのはちょっと……妹には無駄な苦労味わわせたくねえし……」
 おいおいおいちょっと待て、酷くない? 流石にへこむ、と思っていたらどうやら続きがあったようで、高槻は思わずといった笑顔で囁いた。
「――でも、俺はそういうとこも全部好きなんだ」

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