羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 初夏、それはスポーツ大会の季節だ。
「なあ、白川はどの種目やるんだっけ。剣道ってある?」
「剣道は無いよ。ちょっと残念だけど……まあ、何かしらは出ないとな。卓球とか楽しそうじゃないか?」
「チョイスが地味! せっかく鍛えてるんだからもっと派手に動くやつとか――あ、でも球技やってる白川はレアかも? 俺はたぶんバスケに出るけど一緒にやるか?」
「いや、俺が出たんじゃ足手まといになっちゃうよ。実は球技って授業以外じゃ殆ど経験無いんだよな……卓球ならまだ個人競技だから、誰にも迷惑かけなくて済むかなと思うんだけど」
 一週間後に迫ったスポーツ大会の参加競技について登校の道中で話題になった俺たち。足手まといにはなりたくないなあと困ったように笑う白川は、ずっと剣道一筋だったっぽい。ひとつのことをしっかり続けているというのが白川のイメージ通りでなんだか嬉しくなってしまう。
 確かに剣道って基本的には個人競技だよな。足手まといになりたくない、迷惑をかけたくないっつー気持ちはまあ分からなくもないけど、スポーツ大会って学年のレクリエーションとか親睦を深めたりとかの一環だと思うしそこまで気負わなくてもいいんじゃねえの? 俺なんて別にバスケ部でもなんでもないけど、クラスのバスケ部の奴に誘われて一緒に出るしな。
 俺は、これまでずっと帰宅部だったせいかスポーツでの勝ち負けにそこまでこだわりは無い。体を動かすのは楽しいし、皆とわいわいするのは楽しい。結果的に勝てれば尚更気分はいいけど、負けてもスポーツの楽しさが帳消しになるわけじゃない。そんな感じ。だからまあ、クラスの中でもこういうスポーツ関連の行事を毛嫌いしてる奴はちょっと勿体無いなと思ったりもする。別にスポーツ苦手だからって誰も責めたりしねえのにな、ガチの部活じゃあるまいし。
「そもそも種目っていくつあんだっけ?」
「ええと……体育館が午前中にバスケ、午後にバレーと卓球。グラウンドが午前中にサッカー、午後にドッジボール……みたいだな」
「じゃあ、白川さえよければサッカー以外にして」
「え?」
「観戦できねえだろ、時間被ってたら」
 見る価値のあるような活躍は期待できないと思うけど、とそいつが眉を下げて笑ったので、「……バッカじゃね。別に活躍するかどうかとか関係ねえし。お前のこと見てたいだけだっつの」と背中を叩く。
 白川は驚いたように足を止めた。ぎこちなく辺りを見回して、小走りに俺のことを追いかけてくる。
 足音が並んだ瞬間、「朝倉」と呼ばれてそいつの方を向くと力強く抱き締められた。めちゃくちゃ歩きにくいのに、誰かに見られていたらどうしようと思うのに、白川があまりにも嬉しそうにしているので怒れない。「大丈夫、誰も見てないってさっき確かめたから」白川は案外ちゃっかりしてる。本当はキスしたかったけど流石に怒られると思ったからやめた、と悪びれもせずに言うところがまた……。
 白川は真面目だけど、けっして堅物ではない。その絶妙なバランスが俺は結構好きなのだ。
 たぶんこうして付き合うことになってなかったら一生気付かなかったと思う。それは今となっては恐ろしい「もしも」だった。
 無愛想で仏頂面だと思っていたこいつの色々な表情を見てみたいと思うだなんて、一年前の俺からは想像もつかない話だろう。こんな、自分が誰か一人にここまでハマるだなんて思ってなかった。今はもう目が離せない。一つも見逃したくないし、目で追うのが楽しい。
 これをまるっと白状してしまうのはやっぱり恥ずかしいから黙ってるけど、少しも伝わらないのはそれはそれでなんか寂しい。だから、ちょっとずつ伝えるようにしてる。
 俺の言葉にいちいち反応する白川を見て嬉しくなってしまうくらいは許されるだろう。そんな風に思っている。
 早朝で車通りも人通りも少なかったことが幸いして、まるで絵に描いたバカップルみたいにじゃれあいながら校門をくぐってしまった。白川は、昇降口ではなくそのまま剣道場の方へと朝練に向かう。「部活頑張って」と声をかけると、「うん。ありがとう、朝倉」と穏やかな声が鼓膜に響いた。


 結局当初話していた通り、俺はバスケ、白川は卓球で選手登録することになった。一緒の競技に出るのも捨てがたいが、試合中ずっとあいつのことだけ見ていられるっていうのは悪くない。
 剣道をやってるときのあいつは文句なしにかっこいいけど、卓球の練習のときに「ボールが軽すぎて力の加減が難しい」って言いながらおそるおそるピンポン玉を打って思い切りネットにひっかけてたあいつはちょっと可愛かった。球技は人並みって感じ? まあ、よく考えたら激しいスポーツ選んで万一怪我したら本業に差し支えるし、卓球でよかったのかも。白川の、節の目立つごつごつした手は大層ラケットが握りにくそうだ。そんなアンバランスさまで可愛く見えてくるから俺病気かもしんねえわ。恋の病ってやつ。
 練習はスポーツ大会のある週の体育の授業一回きりで、あっという間に本番がやってくる。女子の応援はサッカーとバスケでちょうど二分って感じ。暑い屋外に出るのがかったるいのだろう奴らのおざなりな声援も聞こえてくる。
「拓海ィ、ちょーがんばれぇ」
「うわっやる気のねえ声」
「どこがよ。この後バレーで鬼スパイク決めるから体力温存してんの」
「はは、爪割るなよー」
「今日はガチだから。いつもより爪五ミリ短くしてきた」
 マジかよ。ガチじゃん。
 そんな会話を交わしつつ、視線はせわしなく特定の一人を捜してしまう。きっと見にきてくれてるはずだけど、どこにいるかな。
「朝倉」
「うわっ! おまっ……だからなんで人の背後に回るんだよ……」
「ごめん、驚かせたか。俺影が薄いのかな」
「いやそういうわけじゃねえと思うけど……はー、びっくりした」
 ごめん、と重ねて謝ってきた白川は俺のことを頭のてっぺんからつま先までゆっくり見て、「バスケのユニフォームかっこいいな」と笑った。
 あーやばい、ときめきを感じた。なんつーの? きゅんきゅんするってやつ?
「かっこいいのはユニフォームだけか?」
「まさか。お前が着てるからかっこいいんだよ」
「その回答花マル。ガチのバスケ部の中じゃ見劣りするかもだけど、頑張るから見てて」
 白川はおかしそうに笑った。そして小さく囁く。
「心配しなくても最初からお前のことしか見えてないよ。頑張れ、朝倉」
 こいついつの間にんな上等すぎる口説き文句覚えたんだよ。頬が熱くて仕方ない。そういえばいつもは俺がこいつに「頑張って」って言う側だったけど、今は立場が逆だ。ちょっと新鮮。
 周りに人がいなけりゃキスのひとつでもしたんだけどな、とそこだけ残念に思いつつ、俺はやる気満々でコートの中へと入ったのだった。

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