羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 バレてるのかと思った。
 女に対する欲求がなさそう――なんて、とんでもないことを言われてしまったものだ。別にオレ、女の子に興味無いわけじゃないと思うんだけどね。可愛い子を見れば、あー可愛いな、くらいは考える。でも、傍にいたいとか大切にしたいとかもっと頼ってほしいとか、そういうことを感じるのは高槻に対してだけだ。
 中学の頃。オレがこの気持ちを自覚したときのこと。オレは確か、高槻にキスをしたり触ったりしたいわけじゃないんだよなという結論を出したと思う。根本的な考えは今も変わっていない。もしかして自分でも気付かないうちに強がっているだけかもしれないけれど、やっぱりそういうんじゃなかった。あけすけな言い方をしてしまうと、性欲を感じているわけではない……といったところだ。
 そういえば、四人まとめて「あんたたち」と一括りにされてしまったのだったか。
 言われてから気付いたのだが、この四人でつるんでるときは女子の話題が殆ど出ない。誰それが可愛いとかも聞かない。今回の修学旅行で鈴花ちゃんと同じ班になって、違う班の奴らからは散々『羨ましい』だの『役得』だの言われたけれどいざ同じ班になったオレたちの中でそういうことを言う奴は一人もいなかった。
 津軽はなんとなく分かる。あいつは育ちがいいからか、他人の話題について口にするときは大体その人に対する褒め言葉とか好意的な意見とかばかりだ。間違っても品定めするようなことは言わない。イメージ通りって感じ?
 高槻は女には愛想がいいけど愛想がいいだけでマジでどうでもよさそうなので、これもまあ分かる……かも。
 奥は正直言って分からない。あいつ、委員会と部活で女に囲まれてるから耐性できてんのかな。男に対しても女に対しても完全に態度がフラットだし。津軽にだけ例外ってやつだ。
 よくよく考えてみると、クラスの女子はおろかテレビに出てくる女優とか、アイドルとか、そういう話題になった記憶すら無い。あれっ……男子高校生ってこういう話題に事欠かないイメージだったんだけどな……。
「おい八代、何呆けてんだ?」
「うわっ……悪い、考え事してた」
 別にいいけど、と本当にどうでもよさそうに返してくる奥はこれがデフォルトだ。さっぱりしてて付き合いやすい……と思う。瞬間煮沸機みたいにキレることもあるけど理解できない理由で怒ったりはしない。意外と付き合いもいい方で、学校行事なんかではクラス貢献度が高いタイプだ。
「奥、つかぬことをお聞きしますが」
「ん? なんだよ」
「好きな女優さんとかいる?」
「脈絡ねえなお前……あー、あのお茶のCMに出てる奴が好きかも」
 曰く、女優さん本人というよりはそのCMでの役作りが好きらしい。あれね、いいよね。西の方言ってなんか可愛いし。音楽も綺麗だしね。
「っつーか突然どうした」
「いやー、オレらの間でこういう話一切出ないなと思って。高槻とか津軽とか、あんまりテレビ観ないらしいしそのせいかな?」
 奥は一瞬黙った。何事か熟考し、「……女の好みくらい、あるはずなんだけどな……」と言った。津軽のことか? 奥と二人っきりのときすら話題に出さないって、ガードが固いぞ。
「やっぱそういう話にはならないんだ?」
「わざわざ選ぶ話題じゃねえしな。ああでも、漫画とかの登場人物で誰が好きとかいう話はするかも」
「へえー。オレ西野が好き」
「俺は東城。お前って分かりやすく面食いだよな……」
「奥はいかにも大人しそうな子が好きだよね。黒髪清楚」
 高槻だったら誰がいいって言うかな。あいつ自分に興味無い女の子が好きだから恋愛漫画もギャルゲーも向いてなさそう……。基本的に二次元との接点が無い奴なのだ。
 まああいつの女の好み、見た目に関してはオレの姉という認めがたい事実が横たわっているので、オレは数メートル先を行く津軽の背中に声をかける。
「津軽ってさー、どういう女の子が好きとかあるの?」
 突然話を振られて驚いたみたいで、津軽は足を止めてこちらを向いた。「どうしたんだ? いきなり」「いやあ、純然たる興味」ごめんね深い理由が無くて。津軽の隣にいた鈴花ちゃんが、「そういえば津軽くんがそういうお話してるとこ見たことないかも。津軽くんが走ってるとこ、かっこいいねって言ってた女子知ってるよ」と追い風を吹かせてくれた。
 津軽は少し恥ずかしそうにする。悩むようなそぶりの後、小さく言った。
「そうだなあ……おれは、きちんと自分の意見を持っていて、努力できるひとがすきだよ。男とか女とか以前に人として尊敬できるといい関係が築けそうだと思う」
 うわあ、こんな下世話な話題で一切下心を感じさせない回答ができるのすげーな。どこに出しても恥ずかしくない回答だよ。
 津軽は言いきってから恥ずかしくなったらしく、何故だか高槻に「おまえは?」と話を引き継ぐ。高槻の答えは案の定、「あ? 俺にあんま興味なくて鬱陶しいこと言わねえ奴」だった。
「あんたよく津軽くんの後にそのクズの見本みたいな回答できるね……ある意味すごい」
「いいだろ別に……顔につられる女が多くてうんざりしてんだよこっちも」
「確かに、表面だけ見て本当の自分とは違うイメージ持たれちゃうのはちょっとしんどいかもね」
 鈴花ちゃんのフォローに若干気まずそうにしている高槻だったけれど、まあ自業自得だと思うので助け舟は出しませんよ。イメージ通りだったねと奥の方に視線を戻すと、めちゃくちゃ機嫌がよさそうにしているので若干びびる。どうしたんだ。
「八代、ナイス」
「えっオレ褒められてる? なんで?」
「腹減ってきたな」
「スルーしてんじゃねえって」
 意味も分からず握手を求められたので一応握り返しておく。疑問符を浮かべまくったオレに奥は何を思ったのか、周りに聞こえないくらいの囁き声で「なんかさ、生きてる以上は食わなきゃ腹が減るし寝なきゃ体調崩すし、ヌかなきゃやってらんねえっつうんだから人間って動物なんだなとか思うよな」と言った。別に今生物学の話してなかったよね? こいつも大概話題が飛ぶっつーか、説明をしない。主語を省くなよ、古典じゃないんだから。
 でもまあ、確かに生物である以上生理的欲求はあるよね。高槻だって例に漏れずそういうことをするのだ。いくら女の子に人気があってもそれとこれとは別。最近は新しく彼女を作ったという話は聞かないから、一人で……こう……。
 ――って何考えてんのオレ!?
 真昼間からよこしまな妄想をしてしまった。おかしいな、性欲とかそういう類のものは感じてないはずだと思ってたんだけど、ただ単にこれまでうまく想像できてなかっただけなのかな。ちょっとやそっとじゃ表情を変化させない高槻だけど、女の子とそういうことをするときは余裕の無い表情になったりするんだろうか。恋人の前では甘えたり、するんだろうか。
 うわー、ヤダ! 認めたくない! というかそんな高槻は見たくない!
 一人脳内で盛り上がっているオレ、完全に不審者。はああー……なんなんだ、もしかして欲求不満なのかなあ。オレって元々割と淡白というかそういう欲求が薄い方で、自慰もあんまり必要に迫られたことが無い。だから好きな人がいるからといって、急にそっちに繋げることができなかったのだ。だってほら、男じゃん……何を想像して発散すればいいのか全然分からない……。
「おい、何ふらふらしてんだ。ぶつかるぞ」
「うわあ!? な、なんだ高槻か……びっくりした……」
「なんだってなんだよ急に大声出しやがって……こっちがびっくりしたっつの」
 驚き半分呆れ半分みたいな器用な反応を見せた高槻は、一部の女子のバッシングから逃げてきたようでそのままオレの隣を歩いている。相変わらず、惚れ惚れするくらいの整った顔だ。すっと通った鼻筋にちょうどいい厚みの唇。シャープな顎のライン。柔らかい色の茶髪は甘そうに見える。
 そういえばこいつ、ピアスはしてるけど殆ど髪で隠れて見えないんだよな。
 頬の横で風に揺れている髪の毛に隠された赤とシルバーは、かなり注意深く観察しないと存在に気付くことはできないはずだ。なんでピアスして、それをわざわざ隠すんだろう……と考えながら、オレは思わずピアスが存在するであろう場所に手を伸ばす。
 途中で高槻がこちらに気付く。けれどそれには構わず、耳を隠していた髪の毛を手の甲側でそっと掻き分けて、親指でその耳たぶを撫でた――ら。
 高槻は、電気ショックでも受けたのかってくらい大袈裟に肩をびくりと跳ねさせた。あまりにも勢いよくオレから遠ざかろうとしてすれ違う人にぶつかりそうになったので、「ちょっ、危ない!」と慌ててそいつの腕を掴む。幸い、他の班員には気付かれていないらしい。ほっとしつつも声をあげる。
「どしたの? 大丈夫?」
「だっ、大丈夫ってお前っ……」
 立ち止まってしまった高槻は珍しく焦りの滲む表情だった。数秒の間を置いてどうにか歩き出したそいつは、たっぷりと黙って自身の耳元に手をやる。
 それはまるで耳を庇うような仕草だった。
「…………へ、変なとこ触んなばか」
 何を言われているのか一瞬理解できなくて、何度かその言葉を脳内で反復してからようやく気付く。もしかしてこいつ、恥ずかしがってる? もしかしなくてもオレ、意図せずこいつの弱点暴いちゃった?
 顔がすごい勢いで熱くなっていく。どうしよう、こんなんじゃオレマジで欲求不満じゃん。どもりながらも「ご、ごめん」とどうにか謝罪して、そいつの視線が物言いたげに揺らぐのを見つめる。目元が、ほんのり赤い。
 うわ、どうしよ。やばいかも。
 オレは、未だに目元を赤くしている高槻に内心で謝罪する。伝わりませんようにと思いながら。ばれてしまったらどうしよう、と不安になりながら。
 ごめんね、今のはかなりぐっときた。

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