羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 甘ったるい。甘くて甘くて仕方がない。
 あいつは、白川はやけに俺の傍に居たがった。移動教室のときや休み時間、登下校のときなどなるべく人目を忍ぶようにして。「お前がいつ飽きるか分からないし、なるべく沢山アドバイス貰っておかないとな」なんてまた感情の読めない顔で言っていた。
 何を急にそんな、と思ったのだが、俺があの日なんとはなしに女子と白川の話をしていたのを聞かれてから、こいつの態度は少し変わった気がする。なんというか、上手く言えないのだが押しが強くなったというか……ぐいぐいくるようになった。でも、その割にやってることといえば普通に友達同士でやるようなことばかりだ。例えば、学校帰りにマックに寄ったりだとか。一緒にCDを見に行ったりだとか。
 そのくせ、思い出したように優しく触れてきたりする。帰りにマックとかなら他の奴が一緒でもいいだろ、と一度だけ言ったことがあるのだが、「俺はなるべくお前と二人きりがいいんだけど」なんてさらりと返されてしまってそれ以上何も言えなかった。まあ、あいつらの前でこんな真剣な顔して触ってこられたらそれはそれで困るんだが。
 一応、他の奴らの見えないところで仕掛けてくるのは俺を気遣ってくれているのだろうと、思う。たぶん。けれど、俺も気付いたことがある。
 あいつは常に無表情なわけではない。
 女子に言われて初めて強く認識したが、俺の前でだけあんな仏頂面なのだ、あいつは。クラスの、例えば隣や前の席の奴と話すときだってあいつは普通に笑顔を見せていた。表情に乏しいけれど、完全に無表情というわけではなかった。お前彼女とかじゃなくても笑えるんじゃねーかよ先に言え、と思った。同時に、なんで俺だけ、とも思った。
「……朝倉? どうした?」
「っわ、悪い。なんでも……ちょっとぼーっとしてた」
「具合でも悪いのか? 大丈夫かよ。悪いな、もしかして早く帰りたかったか」
「いや、そういうんじゃねえけど……」
 使う路線も方向も同じだから、一緒に帰るようなときは本当に家に着く間際まで白川と時間を共にすることになる。最近では、剣道部の活動日と休日のローテーションすら分かるようになってしまった。部活で忙しいのにたまの休みに俺を誘ってきてくれているのだと思うと、やっぱり白川を優先したくなるし。俺の周り、部活よりもバイトに精を出してる奴のが多いから。
 ふと白川の纏う雰囲気が変わって、あ、くるな、と思う。友達から恋人への切り替わる瞬間と言えばいいのだろうか、仕草に温度があるのだ。これも、最近感覚で分かるようになったこと。
「……風邪ひくなよ。最近寒いし。お前、朝も早いだろ」
「お気遣いどーも……」
 白川はこんな風に恋人のことを心配するんだろうか。なんて、考えてしまっている俺は正直かなり気持ちが悪いと思う。
 なんだか最近こいつのことを考えている時間が増えた。
 だから余計に、こいつが俺の前でだけ無愛想になる理由が気になる。俺としてはだ、ここまで文句を言わず茶番に付き合ってるんだからもう少し、友達として隣にいるときでも愛想よくしてくれたっていいと思うんだがどうだろう。
 いや、まあ、こいつが俺に対してだけ無愛想な理由はなんとなく分かる。茶髪でピアスで制服着崩して、不真面目そうに見えるから。白川みたいに真面目な奴とはやっぱり立ち位置が違うというか、属するグループが違うのだ。
 白川は、クラスの中でも大人しい静かな奴と話していることが多い。俺の周りは結構煩い奴ばかりだし、俺自身もけっして控えめで真面目って感じではない。煩いの嫌いなんだろうな。図書館とか博物館とか、似合うし。部活も剣道部で、なんかめちゃくちゃ硬派だし。
 寧ろ、それ以外の理由で無愛想にされてたら俺が可哀想すぎるだろ。仲良くしたいと思ってるんだぜ、これでも。恋人ごっことか抜きにしても、二人で会ってもいいかなってくらいには。
 そこまで考えて、俺は白川の顔があまりに近いところにあることにようやく気付いた。思わず、「うわっ!?」と声をあげて後ずさってしまう。バッカお前、近すぎ。
「悪い。またぼーっとしてたから、どこまで近づいたら気付くかと思って」
「てめっそれにしたって近すぎんだよ!」
「お前は間近で見てもかっこいいな」
 だからその唐突にベタ褒めしてくるのをやめろ。なんなんだよお前ほんとに。
 言いたいことは沢山あるはずなのに何も出てこなくなってしまう。くそ、なんか顔熱いし。
「……マジで変な奴だよな、男の顔眺めて楽しい?」
「男の顔見てても楽しくはない。お前見てるのは楽しい」
「っ、もう分かったからお前ちょっと黙ってろよ」
「朝倉は思い込みが激しいよな」
「はあ? 喧嘩売ってんのか」
「なんでそうなる。ほら、だって、普通気付くだろ」
「何がだよ」
「何か分からないんだったら、やっぱりお前は思い込んだら他に意識がいかなくなるタイプなんだろうな」
 あ、また恋人ごっこのモードに入った。嬉しそうに笑うそいつの目尻にきゅっと笑い皺ができて、それがなんだかむかつく。普段からやれよ、それを。何器用に使い分けてんだお前は。
「女子のことには聡いのにな、お前」
「知った風な口きくなよ」
「いや、意外と知ってるかもよ。朝倉が今、俺の面倒見てくれてるから律儀に彼女つくってないこととか」
「……お前、タイミングよすぎるんだよ……ちょうど空白期間だったんだ、くそ、ああもう……」
 上手く言い返せない。だって、ごっこにしても一応恋人ポジションなんだろ、だったら他の奴と付き合うのはどっちに対しても悪いだろ。
 こいつと話をしているとたまにこうして会話のペースを乱されるから、俺はそれが少しだけ苦手だ。でも、それがそこまで嫌ではないのだ。悔しいことに、不愉快に感じないのだ。
「…………白川はずるい」
「え? どうしたどうした、何か変なこと言ったか? 俺」
「俺ばっかりお前に振り回されてる気がする……」
「なんだよそれ、面白いこと考えてんな」
 俺にとっては死活問題なのに、白川は真顔で「振り回してるお詫びに今度何か奢るよ」なんて言ってくる。そうじゃねーんだよ。お詫びとかじゃなくてもっとこう、こう、なんだ、普通に他の奴らにするのと同じようにいつでも愛想よく接してほしいんだよ。
 そんな台詞が喉まで出かかって、ふと思う。でも、他の奴と一緒の対応だったらこいつが本当に嬉しそうに笑ったときの目尻の皺とかもう見られなくなるんだろうか。
 それは、少し、嫌……かもしれない。
 白川に対してそんなことを考えてしまうのも我ながら気持ち悪くて、俺は色々なことを誤魔化すように白川の二の腕の辺りを軽く小突いておいた。

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