羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 シフォンケーキを食べ終わって、俺は早速茅ヶ崎に話を切り出した。
「こういうこと聞くのもどうかと思うんだけどよー……あれだろ、お前女役だろ? いや、別にそのこと自体に感想があるわけじゃねーけど」
 やっぱ嘘。マジかよって思う。相手、大牙だろ? 大牙に抱かれてんのかこいつ……マジか……って感じ。しっかり話を聞いたわけじゃねーから半分勘だけど、俺の勘は当たるんだよ。何より、大牙のうっかり発言で関係がバレてからというもの大牙がかなーり自然にこいつに触ったりくっついたりしてて、それに逐一反応してるこいつを見れば嫌でも察するっつーか。大牙は元々距離感近い奴だけど、あまりにも近すぎ。
 ちゃんと話すようになるまではもっと冷めてて人を寄せ付けないイメージだった。俺、不良共に恐れられてた時期のこいつのことうっすら知ってるから余計にそう思うのかも。過去こいつにボコられた奴らにこのこと話したら卒倒するんじゃね? いや、んなこと絶対言わないけどさ。んでもって今はそれが主題じゃねーんだよ。
 茅ヶ崎は誤魔化しがきかないと早々に観念したらしく、恥ずかしそうに俯いた。長めの前髪で若干表情が隠れたけど、お前耳真っ赤だぞ。
「俺だけ知ってるのもフェアじゃねーから言うわ。たぶん俺も女役。たぶんっつーかほぼ確実だなあれは……」
 清水の表情を思い出しながらしみじみと頷くと、茅ヶ崎はぱっと顔を上げた。しかし無言だ。言葉を探してます、って感じか。俺は喋りながら考えるタイプだからこういう感覚いまいち分かんねーんだよな。勝手に口が動いてんだよ。もっと思慮深い人間になるべきかもしれない、なんてできそうにないことを思う。
「だから、男に抱かれるときの心構えっつーか、気の持ちよう? みたいなの聞きたくて。どーやって気持ち整理した? 俺いざヤるぜってときにビビッちまって今若干清水と気まずいワケよ。一人で考えててもらちあかねーから先輩に聞こうと思ったんだけど」
「せ、先輩……?」
「突っ込まれる側の先輩」
「お前恥の概念無いのかよ……っつうか先輩って、俺も最初散々だったぞ。めちゃくちゃ怖くてストップかけちまって色々駄目だった」
「だよな!? やっぱ最初は怖いよな!? あーよかった! ……いやよくねーよ、このままじゃ一生進まねえじゃねーか。やっぱ初回でビビッたとき大牙へこんだ?」
 俺は、羞恥でどうしようもないですみたいな表情でつっかえつっかえ喋る茅ヶ崎のことを宥めすかしたり励ましたりせっついたりしながらどうにか話を聞きだしていく。この俺の完璧な合いの手に感謝しろよ。俺はトークが上手いけど聞き役もお手の物だからな。相槌のプロと呼んでくれてもいーぜ。
 相槌のプロたる俺の必死の合いの手のお陰か、茅ヶ崎はだんだん自分のリズムが掴めてきたらしかった。「俺が一回ビビッちまったせいで、あいつ、自分からは触ってこなくなって……それで覚悟決めて、じ、自分から言ったっつうか」尻すぼみの言葉をどうにか聞き取っている俺はふんふんと頷く。そうだよなー、この場合はこっちから言うべきだよな。
「お前としては自分のポジションに関してどうなの? 納得済み?」
「納得?」
「俺らだって男じゃん。お前の話聞いてると、なーんか最初っから役割決まってた感じだけどお前はそれでよかったワケ?」
「お前は納得してねえの」
「そーいうんじゃねえけど……嫌じゃねーけど、戸惑いはするっつーか」
 今まで太陽だと思ってたものを月って呼ぶようにしようと言われた感覚なんだよ。
 茅ヶ崎はちょっと悩むように目を伏せて、「俺の場合は……あいつが、もう完全に自分が女役の可能性を最初から考えてなかったっぽかったっつうのもあるけど……」と呟く。
「かーっ、あいつ何様!? あーでも童貞にはそういう気遣いハードル高いか……いややっぱ何様だよ、お前別に文句言ってもいいと思うぜ?」
「や、文句とかそういうのは無い。確かに当たり前みたいな感じで俺が下に決まってたけど、」
 俺のことぜんぶあいつの好きにしてほしいと思った、とそいつは小さな声で言った。触るのも拓くのも暴くのも、全部。
「……おい、何引いてんだ」
「あっスンマセン……そういうつもりじゃないんで……」
「ドン引きじゃねえか」
 恥を忍んで言ったのに、と口元を手で覆っている茅ヶ崎だったが、俺はあいにくそれどころではない。こいつみたいに相手に全て委ねますっつーメンタルは真似できそうにねーぞ。っつーかこいつ、自分で気付いてるか謎だけど若干マゾっ気あるよな……? 意外な一面をまたひとつ見てしまった。
 今度大牙に、羞恥心を存分に煽るようなプレイを提案してやろう。あー俺って優しい。
 それはともかく。流石に何から何まで参考にできるとは思ってなかったが、俺にはこいつみたいに相手に全て委ねますどうぞ俺の体を好きにしてくださいという心境にはなれないだろう。清水の言うことはなるべく叶えてやりたいにしろ、そこまで甘やかすつもりは無い。向こうが頼んでくることならまだしもオール受け入れ体制っつーのはなんか違うわ、俺の場合。
 でもなんとなく心構えの方法みたいなものは分かった。幸い清水は、俺が女役をやることに関して「別にそれくらいいいだろ」ってスタンスではない。寧ろ、とてつもなくハードルの高いことをやろうとしてる、っていう認識でいてくれてると思う。だからこそ俺の動きが止まったときも特に残念そうな様子も無く、それどころかこちらを気遣ってくれたんだろう。
 あいつは俺に言わせてもらえれば自己評価が低すぎるけど、でも、そういうの抜きにしたって優しい奴だから。俺が怖気づいたときに『仕方のないことだから気にするな』みたいな言い方をしたのだって、第一の理由はあいつが優しくて、俺のためを思ってくれたからだろう。ちゃんと分かっている。
 だったら俺が言うべきは、「大丈夫」とか「平気」とかそういう強がりじゃなくて、「まあちょっとは怖いけどお前と一緒だから頑張れるぜ」っていう決意表明なんじゃないだろうか。
 自分の恐怖心を認めなくちゃならない。恐怖を感じることと愛情の量はきっと関係無いのだ。だって、茅ヶ崎みたいに相手になら何されてもいいって思ってる奴も、最初は怖かったらしいから。最初から全部うまくいかなくたって清水は俺のことを疎まないし、俺だってそう。今更ちょっとセックスする時期が遅れたくらいで気持ちがブレたりは、しない。
「なんとなく分かってきたかも? サンキュ茅ヶ崎」
「俺結局お前に引かれただけじゃねえか……」
「んなことねーって。お前の人間性が割と愉快だってことも分かったし。お前、母親似だな」
「は!? おい待てその流れで母親似って言われるのは納得いかねえ!」
 うわっ、お前滅多に大声出さねーのにその貯金をここで使うなよ。勿体ねーだろ。
 気付いたら随分話し込んでたらしくて、聞こえてきたのはコンコン、という控えめなノックの音。茅ヶ崎がドアを開けると、「お夕飯、もうすぐできるのよ。お部屋に運ぶ? それとも……」と期待のこもった眼差し。
「……。せっかくなんでリビングで一緒に頂いてもいっすか」
「ほんとう? もちろんよ! うれしいわ、今日は賑やかになるわね」
 ぱあああ、と表情を明るくする茅ヶ崎の母親にそれ以上何も言えない。いや、マジで、毎日この人の相手してる茅ヶ崎はスゲーよ……。
 げんなりした顔で自分の母親を見ている茅ヶ崎を励ますつもりで俺はこっそり耳打ちをする。
「……お前の母親、大牙とはめちゃくちゃ相性よさそう」
「あー……そうかも……」
 俺はその後、泊まりだけはどうにか辞退したものの茅ヶ崎家の玄関を出るまで思いつく限りの歓待を受けた。俺の勘が冴え渡ったのか夕飯はクリームシチューで、流石ににんじんは星型ではなかったが食後の紅茶と共に出てきた手作りと思しき三枚のジンジャークッキーは、あのよくある人型とペンギンと猫というなんともメルヘンチックな形。食卓の真ん中には控えめな量の花が飾ってあって、よくよく見てみると食卓の椅子の足には手作りのカバーが被せてあって、コップ用のコースターにはちょっとした刺繍が入っていた。きっとこの母親は、家を居心地よく仕上げるために日々惜しみない努力をしているのだろうというのが数時間滞在しただけの俺にも分かるくらいの温かさだった。
「どーもごちそうさまでした。お土産、兄貴と食います」
「ありがとう! よかったらまたぜひいらしてね、ゆうくんも喜ぶと思うの」
「っす。ありがとうございます。……あー、でも、たぶん次は俺じゃなくて別の奴が来ます」
「あら、そうなの?」
「はい。えっと、俺の倍近く食う奴なんで」
 俺よりももてなし甲斐があると思う、という意味を込めて言った言葉に対し、でもあなたのことも待ってるのよ、と花開くように笑う茅ヶ崎の母親になんともむず痒い気持ちになる。俺この見た目だから、普段は保護者層から諸手を上げて大歓迎って感じじゃねーんだよな。今のダチはある意味親が普通じゃないからスゲー優しくしてもらえてるけど。この人もそういう意味ではちょっと変で優しいひとだ。
 最後にまたお礼を言って、茅ヶ崎には「じゃあまた学校で」みたいなことを言って、俺はお土産を片手に歩き出す。かわいらしくラッピングされているのは、食後に出てきたクッキーだった。美味かったので美味いですと言ったら「まだたくさんあるのよ」と言って包んでくれた。
 おそらく俺の母親とは正反対の生き方をしている人だった。
 なんだかとても新鮮な気持ちになって、今日あいつの家に行ってよかったな、と足取りも軽く自分の家へと続く道を進む。どっちがいいとかじゃなくて、どっちの母親の生き方も「アリ」なんだろうと思えるようになった俺、かなり成長したんじゃね?
 母親の手作りのお菓子なんて人生で一度も食べたことは無いしきっとこれからも無いだろうけど、このクッキーはきっと兄貴も喜ぶんじゃないかな、なんて、俺は思った。

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