羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「行祓、これ」
「ん、まゆみちゃんってエリンギ好きなの?」
「食感が好き」
「じゃあ具はエリンギとしめじにしようか。ソースはクリーム系がいいんだよね」
 こくりと頷いたまゆみちゃんに、ちょっぴり意地悪してみたくなって「クリームソースは作るの難しいよー」と言うと分かりやすく不安そうな表情をされてしまった。ごめんごめん、おれがついてるから大丈夫だよ。無駄におろおろさせちゃったのが申し訳なくて、お詫びに果物を買うことにする。ゼリー寄せとかにしたら喜んでもらえるかな? 半分は生のままで今日食べようか。
「スーパー、こんなちゃんと色々見たの初めてかも。野菜って高いんだな……」
「そう? 確かに野菜ってどうしても高くなっちゃうよね。あ、チェリートマトある……近所じゃ買えないしせっかくだから買っていこうか」
「チェリートマト……」
「甘いやつ」
「食べる」
「うん。たぶん好きだと思う」
 なんて、つい予定に無いものまで買ってみたり。たまにはいいよね。
 無事に夕飯の買い物を終えて、歯磨き粉とか洗剤とかトイレットペーパーとかそういうのも買って、二人して両手が塞がったことにてんやわんやしながら歩いた。少し遅めの昼食はフードコートで。今から帰ればちょうど洗濯物も乾いてる頃だ、というまゆみちゃんの言葉に、なんだか意味も分からず嬉しくなる。なんでだろう。生活してるなあ、って思ったからかな。
 その日のまゆみちゃんは家に帰ってからもなんだかそわそわしていて、ああ、もしかして夕飯作るの楽しみにしてくれてるのかな? とそんなことにすら幸せを感じるおれだった。


「――まゆみちゃんって、お母さんと一緒に料理作ったりはしなかったの?」
 牛肉と豚肉を七対三であわせながら、おれは隣で手を洗って準備万端のまゆみちゃんに尋ねてみる。どうやらまゆみちゃんのお母さんは掃除があまり好きではなかったらしく、自然と分担がこうなったとのことだった。まゆみちゃんはお肉をこねるのをやってみたかったようなのでそちらを任せることにして、おれは玉ねぎのみじん切りとそれを炒める作業。「冷たい……!」とお肉の冷たさに衝撃を受けているまゆみちゃんが面白い。冬にハンバーグ作るの、ちょっとしたチャレンジだよね。しかもそれ、卵とか牛乳とか、更に冷たいものも入るし。
 トントントン、と自分の動かしている包丁の音を小気味よく思う。まゆみちゃんはよく、この音が好きだ、って言ってくれる。おれはそれが嬉しくて、なんだか誇らしい気持ちになるのだ。
「でも、ちょっと意外だった」
「何がだ?」
「まゆみちゃんって綺麗好きじゃん。お肉の脂で手が汚れたりとか、そういうの嫌かなって漠然と思ってた」
「爪弄ってる女じゃあるまいし……汚れたら洗えばいいだろ」
「だよね。よく考えたら汚れるの嫌いな人が排水溝の掃除とかできないよね。ごめん、いつも綺麗に掃除してもらってるのに失礼なこと言った」
「……別に気にしなくていい。ありがと」
 それははたして何に対するお礼だったのか、まゆみちゃんは嬉しそうだった。まゆみちゃんの作ってくれたハンバーグのタネは、おれの作るものより少しだけ大きい。それは、まゆみちゃんの手がおれのより大きいから。
 どちらから言い出すでもなく、まゆみちゃんの作ってくれたハンバーグはおれの皿に、おれの作ったハンバーグはまゆみちゃんの皿に載る。きのこのクリームソースもおいしくできた。味見役はもちろんまゆみちゃんだ。
 炊きたての白米と、ハンバーグと、つけあわせはジャガイモにブロッコリーににんじん。チェリートマトは半分にカットして二個ずつ。溶き卵とほうれん草のスープも完成して、これが今日の夕飯だ。
「いただきます」
「いただきまーす」
 今日もまゆみちゃんは綺麗に手を合わせる。おれは、わくわくしながらハンバーグを口に運んだ。
「……ふふ。うまいよ、まゆみちゃん。ありがとう」
 おれがずっと隣で見てたし分量とかは全部こっちでやったけど、それでもおれだけで作ったときより数倍おいしく感じる。よくさぁ、人に作ってもらったご飯はおいしい、って言うけど、これがつまりそういうことなのかな。
 まゆみちゃんは黙ってハンバーグを咀嚼していた。でもよく見ると耳が赤くなっていて、恥ずかしいんだろうなってむず痒い気持ちだ。おれの視線に耐えられなくなったのか、まゆみちゃんも「……うまいよ」と小さく呟いた。
「あの……俺、ちゃんと分かってたつもりだった。毎日料理すんの大変だって」
「え?」
「分かってたつもりで全然足りなかったんだって、思った。俺、三日も続かねえと思う。メニュー被らないようにとか、栄養のバランスとか、好き嫌いとか、そういうの全部考えるの……」
 行祓は優しいからそういうことができるんだな、と言われてちょっと慌てた。そう言ってもらえるのは嬉しいけど、それを言うならまゆみちゃんだって。
「まゆみちゃんだってそうでしょ。おれが何も気にしないでフローリングごろごろできるのはまゆみちゃんが毎日掃除機かけてくれるからだし……今日、まゆみちゃんがやってること横で見ててびっくりしたよ。鏡磨いてくれてるのとか、おれ全然知らなかった。綺麗なのが当たり前だって思ってたわけじゃないけど、それでも今日ちゃんと見なかったら気付けなかった」
 おれにできることはまゆみちゃんには簡単にできないことかもしれないけど、まゆみちゃんにできることだって、おれには簡単にはできないんだよ。どっちが特別どうとかじゃなくて、どっちもすごいことだ。それが特技ってやつじゃない?
「毎日ありがとう。これからもよろしくね」
 勢いのまま身を乗り出すと、まゆみちゃんはなんだか拗ねてるみたいに唇を尖らせる。「……俺が先に言おうと思ってたのに」え、ごめんよー。でも同じ気持ちだったってことで、嬉しいよ。
「これからも綺麗な家にするから、うまい飯よろしく」
「ま、任せて!」
 へへ、よろしくされちゃった。おれはまたハンバーグを一口大に切って口に放り込む。うん、おいしい。
 自分で作った料理は好きだ。そりゃ、自分で味付けしてるし当たり前。おいしいと思う。でも、誰かに作ってもらう料理はもっとおいしい。誰かの気持ちがこもってるからかな。
 でも何より、誰かと一緒に食べる食事が一番だ。
 今日も食事がおいしいことにとても嬉しくなって、おれは「デザートにりんごもあるよ」と言ってみた。
 返ってきた笑顔は、期待通り極上のものだった!

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