羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「白川」
 次の日、白川に話しかけたら驚かれた。とは言っても元々表情の変化の少ない奴なので、目が僅かに見開かれたくらいだったのだが。そいつは声をひそめて、「どうしたんだ」と言ってくる。
「あん? クラスメイトに話しかけちゃいけねえっつーの?」
「いや、そういうわけじゃ、でも」
 俺だって恋人の練習だか何だか頭の悪そうな試みを人に知られたくなんてないが、そんなことを抜きにすればこいつはクラスメイトなのだ。音楽の好みが似ているようだし、そういう意味で親しくする分には人前でも問題ないだろう。
 どうやら俺は、自分周辺ではマイナーなアーティストのファンと知り合えたことが自分で思う以上に嬉しかったらしい。
 俺は学校でつるむグループがどうとかはあまり気にしないタチだし、共通点があったりする奴には割とすぐ接触したくなるのだ。幸いなことに俺の周りにはいつも人が多くて、自分自身結構気安く喋ってもらえる性格だとも思う。楽しいことや好きなことを共有できる奴は多い方がいいというのが俺の見解だ。
「普通に喋ったりもしていいだろ」
「それはまあ、そうだな」
「最初はワケ分かんねえ奴だと思ったけど、ま、友達ひとり増えたと思えば悪くねえかな」
「……」
 なんで黙るんだよそこで。もしかして俺が一人ではしゃいでるだけなのかもしれないと不安になり、白川の顔色を窺うとそいつはなんとも形容しがたい表情をしていた。複雑そうな、無理に無表情を保っているような。
「……んだよ、嫌なら嫌って言えば」
「嫌じゃない。寧ろ朝倉から話しかけてもらえたのはすごく嬉しいよ」
 直球で恥ずかしいことを言われてしまったが、話しかけてもらえた「のは」ってなんかすげー引っかかる言い方だなオイ。
「あのさあ、あんま裏でぐちゃぐちゃ思われてたりすんの嫌だから。気に食わねえトコあんなら言って」
「だから何も無いって。なんでそんなこと言わせたがるんだ?」
「悪いとこあったら直せるかもしんねえだろ。俺、気短い方だと思うし口も悪いし、知らない間に嫌な思いさせてたらそっちのが嫌だし」
 自己申告したからといって許されるなんて思ってはいない。が、自分の周囲に悪乗りが過ぎる友人が多いのも確かで、ひょっとすると俺だって仲間内以外に言うのでは傷つけるかもしれないような言葉選びをしている自覚はあるのだ。もちろん友人未満の奴には言葉遣いも気を付けているつもりなのだが、自分だけでは分からない部分で心証を損ねているかもしれない。そういうのは嫌だ。
「……朝倉ってさ、」
「なんだよ」
「いや、……朝倉は、真面目だな」
「はあ? そんなん初めて言われた」
 俺よりいかにも真面目そうな奴に真面目とか言われても。気恥ずかしい思いをしていると、「まあ、そういうとこが好きなんだけど」と突然言われて言葉に詰まった。さっきまで普通にだったのに急に恋人ごっこを始めないでほしい。心臓に悪い。
 なんだろう、好きと言われることは平均よりも多い方だと思う。同性の友達も異性の友達も結構いるし、ふと遊びたいなと思い立って、次の日の約束が誰かしらと取り付けられる程度には好かれている……はずだ。
 けれどこういう「好き」ではない。
 真面目なところが好きって、そんな「好き」は初めてだ。何を思ってそんなことを言ったんだろうな、こいつ。例えば俺が自画自賛するにしたってそんな褒め方は選ばねえぞ。
 こいつはもしかしたら、そういう風に人から好意を伝えられることが多いのかもしれない。うん、いかにも言われてそうだ。よく耳にする褒め言葉をそのまま言ってんのかな。
「お前、真面目なところが好きって言われるタイプ?」
「え? ああ、確かに考えてみればそうかも」
 やっぱりそうか。無駄にどきりとさせられてしまった。言われ慣れていないことを急に言われると緊張するもんなんだな。
 でもこいつ、この調子で誰でも彼でも真面目なとこが好きって言うつもりじゃないよな。ちょっと不安になってきた。褒めどころは間違えると厭味にしかならねえぞ。
 ここで俺は、最初はひたすら面倒で厄介事としか思っていなかった白川とのあれやこれやを今はそこまで苦に思っていないことに気が付いた。ここ二週間近くなんだかんだ気にかけてきたが、こいつはきっといい奴だ。純粋に、応援してやりたいと思う。好きな奴がいるなんて到底思えないような部活漬けの毎日をおくるこいつの恋が成就したら、俺はきっと喜ぶだろう。
「はー……お前、頑張れよ。あんま頓珍漢なこと言うなよ」
「え。どうしたんだいきなり。俺そんなに変なこと言ったか?」
「大体変なことしか言ってねえだろ……俺だからいいけど、好きな奴にまでそんなんじゃちょっと困るんじゃねえの」
 白川は相変わらず愛想のない顔で静かに首を傾げている。まあ、こういう慣れてなさそうなところが好きな奴もいるか。こいつの女の好みと一致するかどうかはともかく。
「まあ、俺にできることがあるならするからよ。なんか最初のとききつい態度とってごめんな。今更だけど」
 そして俺は密かに気になっていたことを解消することに成功した。ある程度親しくなった今、あの時の態度は流石に酷かったなと思っていたのだ。あからさまに不機嫌そうな顔とかした気がするし。
 下手に蒸し返して白川が不愉快になったらどうしようと少しだけ心配になったけれど、そんな俺の想像に反してそいつは眉尻を下げて嬉しそうに笑った。
「お前、やっぱり真面目だし優しいよ」
 まるで本気みたいな顔して笑う白川に、俺はどうしてだか「いや、それお前のことなんじゃねえの……」と返すので精一杯だった。
 俺じゃなかったら真に受けてるぞ、それ。そういうのは好きな奴だけにしとけよな。

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