羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 佑護は、所々つっかえたり言いよどんだりしながらそれでもしっかりと話をしてくれた。元々、そんなに喋るのが得意じゃないんだろう。それなのに必死で伝えてくれようとしているのが分かって、たまらなく嬉しい気持ちになる。
 話の内容はとても悲しく重いものだったのに、話し終わった佑護はどうしてか微かに笑っていた。寧ろ俺の方がちょっと泣きそうになってしまって慌てて唇を噛む。ぎゅうっと抱き締めた体からは少し速い心臓の音が伝わってきた。これは、俺とくっついてるから? 俺が抱き締めてるからどきどきしてくれてるって思っていいの?
「……あんまり色々、言わないでおくね。でも、これだけ……俺も佑護に出会えたのはとっても大切なことだから。あの日佑護のこと見つけられてよかったって思ってる」
 佑護はやっぱり笑って、恥ずかしそうに「見つけてもらえてよかった」と目を伏せた。
 きっともう佑護の怪我はこれ以上よくならない。これから先も激しい運動には気をつけなきゃいけないし、雨の日は痛むこともあるだろう。ボクシングも――本気で、二度とする気は無いのだろうと思う。俺が佑護の失ってしまったものの代わりになれたらなんて……そんなおこがましいことは言えないけれど。佑護が今、毎日を楽しいと思える助けになれたら嬉しい。
「佑護、学校楽しい?」
 考えながらたくさん喋るのは俺もちょっと苦手だったから、それだけ聞いた。伏せられていた目が俺を真っ直ぐ射抜く。うわ、睫毛長いな。そう思ったのも束の間、優しい声がした。
「楽しい。毎日授業出てるし、弓道はやってるとなんか落ち着く気がする。あとは……やっぱり、お前らと一緒につるんで遊んだりするの、楽しいって思う」
 昔はマジで空き時間ほとんど全部ボクシングに使ってたから、と言う佑護は、本当にストイックな生活をしていたのであろうことがうかがえた。友達と遊んだりとか、できてなかったんだろうな。そういうのがいらないくらいボクシングが楽しかったのだ、きっと。
「今だから言えるけど、荒れてたとき一日が長すぎて辛かった。時間有り余ってたし。授業サボって公園で缶ジュース飲みながら、リストラされたサラリーマンってこんな感じかなとか思ってた」
 コーヒーじゃないところがかわいいな。まあ俺も缶の飲み物買うならジュースにするけど。コーヒーって苦くてちょっとまだ好んで飲もうとは思わない。場違いにときめいてしまって慌てて姿勢を正す。
「あの頃は、自分のこと知ってる奴の近くにいたくなかったんだよな。可哀想って思われたくなくて……心配されるたびに、そんな悲惨な状況に見えるんだって突きつけられてるみたいで怖かった」
 でももう大丈夫、と気負った様子もなく続いた言葉。そっか、大丈夫って言えるようになったんだ。佑護はやっぱり強いな。
「……俺、友達と海に行ったり花火したりすんの初めてだったんだ」
「えっそうなの!? じゃあこれからもっと色々なことしなきゃ! ほら、お祭り行ったりとか……あ、遊園地行く? ジェットコースター乗る?」
「ふは、あんまそういうの続くと幸せでパンクしそう」
 どんな幸せだって佑護に多すぎるってことはないよ。ぴったり嵌まるから安心して。幸せってとっても柔らかいものだから、佑護にちょうどいい形になってくれると思う。
 佑護の手をそっと握る。寒いからちょっと冷えてるね。指を絡ませて、俗に言う恋人つなぎをしてみた。注意深く佑護を観察するとどうやら怖がられてはいないらしい。リラックスしていて、何よりこちらを見てはにかむような笑顔を浮かべている。佑護ってやっぱり笑うと随分印象変わるな。かわいいから独り占めしたい気持ちもあるけれど、それじゃ勿体無いか。
 佑護はこういうスキンシップは嫌いか、そうでなくとも苦手なのだと思っていた。でもさっきは向こうから抱き締めてきてくれた。一度暴走してしまった前例があるので、こうしてまたふれあいを求めてもらえたのが嬉しい。
「た……大牙」
 名前を呼ばれる。手を握る力が僅かに強くなる。じっと見つめられて、その瞳を見つめ返すとじわりと佑護の目元が色づいた気がした。この反応、なんかぞくぞくするんだよね……大好きなのに、ちょっとからかってみたくなってしまう。
「ねえ、ちゅーしていい?」
 あっやばい、と思ったけど口をついて出た言葉は取り消せない。またやってしまった。佑護、たぶん俺に何か言いかけてたよね。慌てて「ごめん」と言おうとしたら、それに被せるような駆け足気味の声で動きを停止させられる。
「っ俺も、同じこと考えてた……」
 佑護の上半身が前傾してそのまま唇が触れ合った。一回目はちゅ、と軽い音がして、二回目は続けて重ねられた唇から舌が入ってくる。半分無意識のままで舌を絡めた。当たり前だけどぬるぬるしてて、ちゅぷ、くちゅ、と頭の中で音が響く。合間合間で漏れ聞こえる自分たちの声と荒い息遣いにびっくりするくらいどきどきした。
 やっぱりキスって気持ちいい。好きな人と触れ合うってすごい。やがてゆるくため息をついて俺から離れた佑護は、今度ははっきりと分かるくらいに目元を赤く染めていた。さっきまで全然泣くそぶりなんて見せなかったのに今はもう瞳が潤んできらきらしている。唇はおそらく俺の唾液で濡れていて、なんだかとてもいやらしい絵面になっていた。
「悪い……我慢、できなくて」
「いやっそんな全然……! むしろ嬉しいです!」
 思わず敬語だった。佑護はそんな俺に「嬉しいですってなんだよその丁寧口調」と楽しそうに笑ってくれる。だって、俺のせいでこういうの嫌になっちゃったかなって思ってたから佑護からしてくれたの本当に嬉しかったんだよ。俺はずっと、こうやって佑護にたくさん触れたかった。
「あの……別に、今までも嫌だったわけじゃなくて、ちょっとびびってたっつうか」
「え?」
「……あー、ほら、……キス以上の、こと」
 したいんだろ、お前。そう言われて首を傾げてしまう。「触ったりとか?」佑護は俺の言葉を聞いて何故か硬直。信じられないって目で俺を見て、そして顔を覆ってしまった。僅かに見えている耳が真っ赤になっている。やばいやばいやばい、俺絶対返答間違えたよね?
 キスの余韻でふわふわの脳みそを頑張ってフル回転させる。キス以上って。触ったりとかくっついたりとか、それより先……先って……。
 気付いた。
「――待ってごめん今のなし! ごめんね佑護恥ずかしかったよねほんとごめん鈍くて! 未経験にも優しい職場ですか!?」
 我ながら意味不明なことを口走っているとは思ったけど、佑護はそれがツボに入ったみたいで肩を震わせて笑っていた。「み、未経験……! っふ、くく、未経験にも優しいですかって……!」あっ職場じゃなくて未経験の方にツボってるの!? ごめんね未経験で!
 いたたまれないやら恥ずかしいやらで俺まで赤面してしまう。佑護はきっと経験済みだよ。分かる。かっこいいもん。ようやく笑いの波が落ち着いてきたらしい佑護は、「あー、なんか気ぃ抜けた」と言って俺の目元に優しく唇で触れた。
「俺が勝手に想像して勝手にびびってただけとか恥ずかしいな」
「や、でもほらそこはいずれ! いずれはね! あの、俺頑張るから見守ってて……」
「別に童貞急かすつもりはねえけど」
「佑護なんかいじわるになってない?」
 恥ずかしかったけど、佑護が楽しそうだからそれでいいかなって思った。佑護って遠くから見てるとクールでかっこいいけど、俺の前だとかわいいよね。これから佑護にたくさん触れるたびに、もっともっとかわいい反応をしてくれるのかもしれないと思うととっても楽しみ。
 そういえば男同士ってどうやってやるんだろ? 佑護には内緒でちょっと調べておこう。
 そんな感じで決意も新たにして、予鈴まであと七分というとんでもない時間になっていたので二人で慌ててパンを食べる。佑護のクラスの方が屋上から下りてくる階段に近くて、俺たちは一旦そこでお別れ。また時間が合えば放課後に、なんて約束をしてから自分のクラスへと歩みを進めようとしたら――背後の扉が勢いよく開く。
 焦った様子で教室から飛び出してきたのはさっき別れたばかりの佑護だった。すぐそばにいる俺にも気付かないまま昇降口の方へ駆け出そうとするので思わずその腕を掴む。
「何があったの」
 返ってきたのは硬い声だった。
「万里がいない。十五分くらい前に、ボクシング部の奴に呼び出されたって……」
 ――なんで素直について行っちゃうかな!?
 どうやら佑護は万里にちらっと事情を話していたらしく、「注意しろってもっと強めに言っとくべきだった」と絞り出すように呟く。とにかく、今は万里たちを捜さなきゃ。
「……場所は心当たりある。たぶん部室の裏だと思う」
「分かった、行こう!」
 靴を履き替える暇も惜しくて、上履きのまま一目散にボクシング部の部室を目指した。万里が怪我とかしてませんように。佑護がこれ以上、周りに対して申し訳なさや責任を感じてしまうなんてことになりませんように。俺はそんなことばかりを考えていた。

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