羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 今年の大会はかなりいい試合ができたと思う。コンディションも申し分なかったし、団体戦でも先鋒としてきっちり役割をこなせたんじゃないだろうか。
 好きなひとに試合を観に来てもらって、「頑張って」とか「おめでとう」とかって言われるの憧れてたんだよね。ロマンでしょ、やっぱり。佑護はそういうところ、元々競技者としての感覚が染み付いているからなのか自然と嬉しい言葉をかけてくれた。
 初めて会ったときは、なんでわざわざ自分から危ないことをするんだろう、って思ってた。殴り合いなんて、痛いし怖い。ピアスの数の多さにも正直びびった。佑護は女の人がしてるような耳たぶにつけるやつだけじゃなくて、なんかこう……耳の上の部分に棒を通すみたいなピアスをしている。あれ、痛そうだよなあ。暁人だってあんなのしてないよ。
 まあそれはともかく、怖いひとだと思っていたのだ。その誤解はすぐに解けたけど。
 俺は俺の都合で佑護の手当てをしただけだったのに、佑護はそれに対してわざわざお礼を言いに来てくれた。その時点で、見た目ほど怖いひとではないなと思った。というか、喋ってみると見た目もそんなに怖く感じなくなった。だって、実は佑護って笑うとかなり印象が変わる。寡黙で目つきの鋭いところはあいつの警戒心の表れだった。笑いのツボは結構浅くて、元々の顔のつくりは柔らかいんだなって笑顔を見て気付いた。
 佑護はいつも周囲の人に対して何事か警戒していて、そのくせ怖がられると少しだけ寂しそうで、そういう矛盾を抱えているあいつからいつの間にか目が離せなくなっていた。
 そしてある日、どうしてそういう話の流れになったのかは思い出せないけれど、暁人にこう言ってみたことがあった。「佑護ってなんか懐かない猫って感じでかわいいよね」
 暁人の反応は今でも覚えてる。盛大に首を傾げて、「いや、あいつは誰がどう見ても大型肉食獣だろ、黒ヒョウとか強そうなやつ。あれならまだ俺のがかわいい」と言った。「まあでも、お前には懐いてるみたいじゃん」とも。
 あのときは、なんで男を相手にかわいさで張り合ってるんだよと幼馴染に呆れたものだったけれど、よくよく考えると俺もおかしいな、と思った。たぶん、暁人の感性の方が一般的だ。それもそのはず、佑護は身長が百八十くらいあって、同級生の中でもかなり背の高い方だ。体重もそれなりにあるはずで、けれど身のこなしがしなやかだからあまり重さや野暮ったさは感じない。洗練されたきれいな体つきをしている。怪我でスポーツをやめたなんてちょっと分からないくらい。
 かっこいい、なら分かるけど、かわいい、ってなんか変だ。
 なんでかわいいとか思ったんだろう、と考えて、どうやら俺は佑護が自分に向けてくる表情や反応をかわいく思っているのだということに気が付いた。
 例えば俺のなんでもない話に笑ってくれるところとか。佑護の笑い方は柔らかい。ほんの少しだけタレ目気味の瞳は意外にも睫毛が長くて、家の中とかで警戒心ゼロのときのあいつはなんだかぽやっとしている風に見える。それなのに動体視力と反射神経はボクシングをやっていただけあってかなりすごくて、そういうギャップもなんかいい。
 何より、俺らみたいに仲のいい奴にしかそういうところを見せないのが特別な感じで嬉しかった。だんだん、俺にしか見せない表情があればいいのに、って思うようになった。
 きっと他の奴らは知らないこと。佑護はホラーが苦手。勝てそうにないから、実体が無いものってなんか怖い、らしい。そしてたぶん俺だけが知ってること。佑護って涙もろい。動物の感動特番みたいなの観て「こういうのマジでむり」とぐすぐすしていた。それだけじゃなくて、あんまり笑いすぎたりとか恥ずかしかったりとかしても涙が出てくるらしい。痛くて泣いたりは絶対しないのに、不思議だ。
 それ他の人に言ったことある? と聞いたら言うわけねえだろと即答されて、なんだかとても優越感を覚えてしまったのはまだ記憶に新しい。できればずっと言わないでほしいと思ったし、もし佑護が泣くほど感情を昂らせることがあるなら俺がそばにいたいと思った。涙をぬぐえる距離にいたいと思ったし、涙を流す頬に触れたいと思った。
 そこまで突き詰めて考えれば、これはただの仲のいい友達に向ける感情じゃないな、って流石に分かってしまった。
 懐かない猫って感じでかわいい、というよりは、他の奴らには警戒心剥き出しな態度の佑護が俺の前では柔らかい感情をあらわにしてくれるから、かわいいと感じるんだ。
 俺だけ特別がいい。俺にだけ色々見せてほしい。
 ああ、なんだ。俺って佑護のこと好きなんじゃん。
 と、気付いてしまえばあとは簡単だ。早とちりかもしれないし……と思いながらそこから一週間過ごした辺りで、俺って自分で思ってる以上に佑護のこと大好きじゃない? って思った。ちゃんと意識して佑護と接するようになってから、あいつが俺に向けてくれる表情次第でこんなに心がぽかぽかするんだなって気付いた。俺の初恋は幼稚園のときのみゆきちゃんだったけど、性別なんて全然どうでもいいことだった。
 あいつに会える学校が毎日楽しくてきらきらしてて、選択授業が被ってるのとか体育の時間とかが余計に楽しみになって、やばいめっちゃ最高、って感じ。
 でも最近はちょっと、話が違ってきた。
 佑護が剣道の試合を観に来てくれたあの日から、あいつはちょっと様子がおかしい。目が合うことが少なくなった。目が合っても逸らされるようになってしまった。俺が無理な、というか友達にするには不自然な「お願い」をしてしまったからだろうか。だって万里が羨ましかったのだ。下の名前で呼ばれてるって、なんか特別みたいだ。
 でも、嫌がられてるっていうよりは……何かに悩んでる、感じがするんだけどな。俺には言えないことなのかな。何でもかんでも話してほしいなんて言えないし言わないけど、一人で抱え込まないでほしいと思う。
「あー……どうしよー……」
 俺しかいない家で大きな独り言。このままじゃいけないって分かってる。何かしらけじめをつけないと。
 宏隆はちゃんと行動できてすごい。佑護がまだ不安定だから、なんて俺は知った風な顔で言ってるけど、本当は拒絶されるのが怖い。毎日佑護のことが好きで楽しいけど、まだ足りない。
 なんか最近元気ないね、って言っていいかな。
 俺何か怒らせるようなことしちゃった? って聞いていいかな。
 スマホの画面に佑護とのトーク履歴を出して指先を迷わせる。……直接、の方がいい?
 あんまり宏隆に相談したって困らせてしまうだろうから、なるべく自分で解決したいなって思うんだけど。
「ううー、どうすればいいかな……」
 そういえば、ここまで悩んで暁人に相談してないのって初めてかもしれない。幼馴染でこれまで大体のことはなんでも話して共有してきたから、それがちょっと新鮮だった。
 あいつならなんて言うかな。……「悩んでる暇あったら行動しろ!」かな。うん、たぶんそう。
 ちょっとだけ気持ちが軽くなった。とりあえず元気に学校に行って、直接会って、そして話をしよう。
 こんな事態なのに、学校で会えるのが楽しみで思わず笑顔が浮かぶから、すごいなって思った。

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