羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 ゆうくんは、城里くんのことが好きだ。
 たぶん俺だけが気付いている。俺が気付いていることに、ゆうくんは気付いていないだろうという自信もある。
 別に俺が特別察しがいいとかじゃない。むしろ、人の心の機微に関しては万里くんの方がよほど鋭いだろうと思う。けれど今の状態が出来上がっているのは、俺が由良をすきになったからだ。
 男が男を好きって、なかなか思いつかないものだよね。いくら態度があからさまでも。きっと選択肢として用意されていないのだろう。だから、男を好きになった俺だけが気付けた。由良のことを考えてどうしようもなく苦しかった時期に、唐突に腑に落ちた。
 なんでだろうね。俺とゆうくんの心境がマッチしていたから、かな? 誰かをすきになるとこんな、心臓が痛くなるんだなって思ったよ。俺はそんな状況で心細かったから、もう全部ゆうくんに打ち明けちゃってついでにゆうくんのすきなひと知ってるよって言っちゃおうかと企んだこともあったんだけど、結局そうはしなかった。
 だって、俺と違ってゆうくんは何も言う気はないんだろうなーっていうのもなんとなく分かったから。諦めるつもりだな、って感じた。それはとてもかなしいことだけれど、ゆうくんの意志は固そうだった。俺が口出しすることじゃないよね。
 俺が由良に告白したときのゆうくん、顔青かったな。まるで自分がこれから振られますって感じだった。こんな苦しみを一人で消化しようとしているゆうくんは、すごいひと。
 だから俺は黙っていようと思った。知らないふりして、いつかゆうくんが諦められたらそのときは、コンビニプリンくらいなら何も言わずにごちそうするよって思ってた。思ってたん、だけど……。
「俺ね、佑護のこと好きなんだ。宏隆以外誰にも言ってないから、秘密にしててね」
 人生で三本指には入るだろう衝撃的な事実を告げられて俺は絶句した。今日は珍しく、本当に珍しく城里くんと二人きり。俺が由良に告白したとき、城里くんは俺に話したいことがたくさん増えたと言っていたけれど、まさかその『話したいこと』がこういう内容だとは思ってなかった。
「な――なんで俺に、教えてくれたの?」
「宏隆が、暁人とのこと教えてくれたから。かなり勇気付けられたよ、勝手に」
 ありがとう、と言われていやいやそんな大したことはしてないです、と首を振る。
 いやそれにしても。全然気付かなかった。これっぽっちも分からなかった。正直、こうして話してもらった今もちょっと信じがたい。城里くんって、ゆうくんのこと、すきなの? ほんとに?
「びっくりした?」
「びっくりした……俺、全然気付いてなかったから」
「そう? 俺、自分じゃ割と分かりやすい方だと思ってたんだけどな……まあ、佑護にばれると恥ずかしいし別にいっか」
 俺は未だに不思議な気持ちだった。ふと、城里くんの「佑護にばれたら恥ずかしい」という言葉のチョイスにぴんときて声をあげる。
「ねえ、ゆうくんのこと好きになって、苦しい?」
 城里くんは軽く首を傾げて、八重歯がはっきり見えるくらいの笑顔で言った。「なんで? 毎日楽しいよ!」
「好きになった奴が傍にいるって嬉しい。友達だから毎日会えるし……なんかこう、佑護と喋っててあいつが笑ってくれると、めっちゃしあわせ! って思うんだよね」
 うわっ、うわああ……なるほど、これじゃ分かるわけない。楽しくて、嬉しくて、幸せ。もう全然昔の俺とマッチしてないもん。すごいよー、眩しすぎて目がつぶれるかと思っちゃった。さすが由良の幼馴染なだけある。根本的に考え方が光属性だ。浄化されそう。
 同性を好きになったことについて悩まなかったわけはないだろうと思うんだけど、こんなに前向きに「誰かを好きでいること」を楽しめるのか、城里くんは。
「えっと……告白とかって、しないの?」
「うーん、今はそこまで考えてないかなあ。佑護って、まだ色々立ち直ってる途中だと思うんだよね」
 頭に疑問符を浮かべる俺に、城里くんは苦笑いしつつ言う。「怪我のこととか、色々。あいつ、時々苦しそうっていうか寂しそうっていうか……そんな感じの顔するから。そういう不安定な時期に俺が告白して更に不安定にさせちゃうと悪いし、つけこむみたいで嫌じゃん?」
 城里くん、やっさしいな……!? でもたぶんそれ、怪我のことじゃなくて城里くんのことが原因で悩んでるんだと思うよ!
 なんて、そんな風に言えたらどれだけよかったことか。だって俺が言うのは全然違うでしょ……何から何まで違う。ちょっとあの、ゆうくんが諦められたらコンビニプリンごちそうするって言ったのやっぱナシで。なんかもう今すぐ諦められなくなって告白してほしい。そしたらコンビニプリンじゃなくてケーキ屋さんのプリンごちそうするよ。
 俺は目の前にいる人との会話すらままならないことがあるのに、仲立ちみたいな難しいことが上手にできるわけない。歯がゆい気持ちを抱えつつ、それでもどうすればいいか分からなかった。
「えっと……あの、ゆうくんは城里くんがいるから元気……になったと思うよ」
「あはは、勇気付けてくれてるの? ありがと!」
「うん。俺、城里くんなら大丈夫だと思うんだ」
 城里くんは恥ずかしそうに笑った。嘘偽り無くしあわせそうだった。
 ゆうくん、自信持ってよ。ゆうくんはすきなひとにこんな表情してもらえる、幸せ者だよ。
 俺は、伝われ伝われ……と頭の中で念じる。テレパシーとかって別に全然信じてないけど、二人には通じ合ってほしいと思った。
「っと……俺そろそろ帰ろっかな。暁人もうちょっとで帰ってくると思うし」
「え、帰っちゃうの?」
「好きな奴と二人っきりだよ。嬉しくない?」
「う、うれしいです……」
「だよね! っていうかあいつの家なのになんであいつがいないのって感じなんだけど……振り回されたら文句言っていいんだよ?」
「俺、由良に振り回されるの楽しくて、すきだから……」
 お節介だったね、と笑顔で言われて俺まで楽しくなってしまう。そして城里くんは帰り際に、こんなことを呟いた。
「そういえば、宏隆が暁人に告白したとき案外みんな普通だったんでしょ? 俺、それも安心したなあ。やっぱりちょっと、拒絶されたらどうしようって思ってたし」
 それはまあ、ゆうくんは城里くんのことが好きだしね。そういう意味では普通だったよ。それ以外の意味で顔色悪かったけど。
 で、万里くんは……万里くんは、どうなんだろ。彼は優しいひとだけど、ちょっと分からないひとでもある。何の偏見もなく俺たちのことを受け入れてくれた。うーん、優しいから、分からないのかな。なんというか、万里くんが優しいから優しくしているのか、好きな相手だから優しくしているのか、境界線が曖昧そう。
 万里くんは由良のお兄さんと仲良しだ。マリちゃんって呼び方、いいよねえ。やわらかくて。俺もぜひ採用したかったんだけど、たぶんこの呼び方は色々な意味であの二人にとって特別なものだと思ったから、間違っても邪魔はしないようにしている。
 あの二人の間には、入り込めないと思わされる何かがあった。
 俺はしばらく黙ってようやく、「……みんな優しくてよかった」と言った。本心だ。
 頷きあって、城里くんは帰っていった。それと入れ替わるように、「なんかコンビニのレジ無駄に混んでたんだけど!」と言いながら由良が戻ってくる。
「由良ぁー……」
「なんつー情けない声あげてんだお前は! なに、どしたの?」
 ソファから手招きすると、笑って傍に来てくれる。その体を抱き締めた。「ちょっと、何も聞かずに慰めてほしい……」俺には何も解決できなかった。役立たずでごめん。
「まーたネガってんのか? おーよしよし、この俺が胸を貸してやろう」
「いや、今回は俺自身のことではないっていうか……はー、俺はなんでこんなにしあわせなんだろう……」
 哲学してるし! と楽しそうに笑う由良に髪を撫でられて幸せ指数が更にアップした。耳元で優しい声がする。
「お前が幸せな理由教えてやろうか」
「え?」
「俺がいるからだろ?」
 仰るとおりです。ほんと、由良がいると元気になるよ。俺は由良の肩に顎を乗せる。由良はほそいなあ。俺もあんまり人のことは言えないけど。しっかり抱き締められるから俺としてはこれがベストだよ。
 こうして俺は城里くんと秘密を共有した。俺にできることといえば、ゆうくんがさっさと俺みたいに我慢できなくなりますように、って神頼みすることくらい、だった。
 ごめんねゆうくん。でも俺今すっごくしあわせだから、早くこっちにおいで。

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