羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 夕飯を食べている間すっかり忘れていた文鎮こと携帯を部屋に戻ってから充電器に挿した瞬間、大量の着信お知らせメッセージが届いた。それは案の定全て由良からのもので、最初の一回と少し間をあけてからの連続着信の後は、普通にかけることに飽きたのかアラームみたいに等間隔でかけてきたり、何時何分の分の数字が素数になっているときを選んでかけてきたり、バリエーション豊富でちょっと感動。
 由良が俺のことを気にかけてくれてる、ってだけで嬉しくてどうしようもない気持ちだ。
 しみじみしていると手の中の携帯が震える。まだ心の準備ができてないよと思ったけれどそれは杞憂で、ディスプレイに表示された名前を見るとゆうくんだった。……そっかぁ、ゆうくんがかけてくるんだ。
 もしもし、と電話に出ると、ゆうくんは驚いたみたいだった。俺に電話かけて俺が出たら驚くって面白いね。
 ゆうくんはすごく喧嘩の強いひとらしい。俺は一度も見たことが無いし、ゆうくんが弓道部に入ってからは本当にすっぱりそういうことを止めたみたいだから、もしかしたら一生見る機会は無いかもしれない。他の人たちはまだゆうくんのことを怖がっているみたいだけど、そんなに怖いひとじゃないのは分かる。
 いつだったか、珍しく万里くんと城里くんと俺だけで話していたときにふと彼の話題が出た。「佑護の名前は優しい」と万里くんが言うので、名前が優しいという表現が珍しくて理由を聞いた。
『優しいって、どういうこと?』
『うん? たすけて、まもる、って字を書くだろう、佑護は』
 あのときは、なるほど、と思った。鬼だか悪魔だかと呼ばれていたらしいゆうくんだけど、そんなよく分からない異名よりもこっちの方がしっくりくる。
 そんなゆうくんは、電話が繋がったはいいものの話す内容に困っているみたいだった。実を言うと俺は、ゆうくんにちょっとした仲間意識を抱いている。喋るのがあんまり得意じゃないとか。周りに誤解を与えがちだとか。
「ゆうくん、電話ありがとう」
『いや……別に、このくらい、全然』
「由良怒ってた?」
『めちゃくちゃキレてたけど一瞬で機嫌直ってたぞ』
「あはは、そっかぁ。よかった」
 俺の一世一代の告白も由良の怒りを持続させることはできないらしい。寂しい気もしたけれど、話もしてもらえないくらい嫌われるのはやっぱり怖いから、これでいいかも。
「……かけてくるなら、ゆうくんだと思ってたんだよね」
 お礼のつもりでそんなことを言った。怪訝そうな雰囲気が電話口から伝わってくる。
 そうだ、由良以外でかけてくるなら、絶対に万里くんではなくてゆうくんだと思っていた。万里くんはとても優しいひとだけれど、他人の行動や感情に割り込むのを好まない。彼はきっと、優しいからこそ干渉を避けてくれるひとだ。ゆうくんは……正直、かけてくるかこないかは半々だと思っていた。ゆうくんもあまり積極的に他人に関わっていくタイプではないだろうし、説得とか励ましとか見るからに苦手そう。
 でも、そんなゆうくんが今、俺と通話してくれているのは。
「ゆうくんは少し、城里くんに似てきたね」
『はっ? な、何言ってんだ』
「あはは。冗談とかじゃないよ。ほんとにそう思ってる」
 ゆうくんはしばらく黙って、ぽつりと『……俺はあいつみたいに、自分のぜんぶ使って誰かに優しくはできねえよ』なんて言った。
 そんな風に言える時点でじゅうぶん優しいし、すごい。
 俺はひとつずるをした。告白するなら城里くんがいないときにしようと決めていた。彼はきっと、あの場にいたら俺に電話をかけようとしてくれるはずだと思ったから。由良の幼馴染で、きっと家族以外で誰よりも由良のことをよく分かっている彼からそれをやられるのはちょっと、きつい。
 けれど城里くんは本人がいなくても周りに大きな影響を与えていて、その結果俺は今こうしてゆうくんと喋ってる。勝てないなあ、と思う。勝ち負けではないと言われるだろうか。俺は、当たり前みたいな顔で当たり前に由良の隣にいる城里くんがうらやましい。
 俺は自分に無いものをうらやんでばかりだ。
「俺、もっと頑張らなきゃって思った」
『……何をだよ』
「誰かをすきでいること」
 このままじゃだめだと思った。俺のすきになったひとはほんとうにかっこよくて明るくて素敵なひとだから、俺も傍にいて恥ずかしくない程度の人間になりたい。
 俺は五分五分の賭けに負けた。ゆうくんは俺が想像していたよりも俺のことを心配してくれていて、城里くんに影響されて変わろうとしていた。俺もそろそろ拗ねるのは終わりにしないといけない。友達のためにも、家族のためにも。
『……お前、気付いてないかもしんねえけど割とあいつのこと振り回してるよな』
 とんでもないことを言われてしまう。そうだったらどれだけ嬉しいだろう。由良が、俺に、振り回されてくれてるの?
「嬉しいなぁ」
『そこで嬉しいとか言うからキレられるんじゃねえの……っつーか、面倒事嫌いなあいつが出てもらえない電話何回もかけてる意味、考えろよ』
 う。今のは効いたよゆうくん。不可抗力とはいえ電話を無視し続けてしまっているから、気まずいことこの上ないけれど頑張ろう。
 俺はゆうくんに改めてお礼を言って電話を切った。ゆうくんも頑張ってね、とか、言おうかと思ったけど今それやると嫌がらせみたいだし黙っておいた。まあせいぜい当たって砕けてみよう。粉々になったら、由良にかけらだけでも拾ってもらえないかな。
 深呼吸して着信履歴から電話をかける。コール音が一回、二回……三回目が聞こえる前に、電話は繋がった。
「あ、由良――」
『――ッおっせーんだよバカ清水!! この俺の電話無視するとかどんだけご大層な理由だ!? 俺の時間を無駄に消費したことを詫びろ、今すぐ詫びろ!』
 ……え、ゆうくん機嫌直ったとかこれ嘘じゃない? ものすごく怒ってるんだけど。
 思わず黙ってしまった。あまりの剣幕と大声に怯えていると、小さな声で『……心配した』と言われて胸が高鳴る。だめだよ由良、そういうこと言っちゃ。俺はこんな、由良に迷惑かけて心配もかけて、それで怒られて喜んじゃうようなやつなんだよ。
「ごめん、わざと電源切ってたんじゃなくて電池が無くて。兄の作った食事を弟と三人で食べてたらこんな時間」
『言い訳に家族使えばいいと思ってんじゃねーだろうな? ……それなら別に、いいけど』
 いいんだ……前から思ってたけど由良って家族とかそういう話に弱いよね。弱いっていうか甘い? 由良もお兄さんがいるからかな。
 だめだ、もっと沈痛な面持ちで真面目に喋ろうと思ったのに、由良の声を聞くと自然と顔がにこにこしてしまう。
『おい……何黙ってんだ。お前明日暇だろ? 暇だよな? 暇を作れ。んで家に来い』
「えっ」
『もう遅いし。今日兄貴早出だったからそろそろ帰ってくんだよ』
「そ、そう……えっと、行っても、いいの?」
『これ以上大声出させるんじゃねーよ。まあ……お前ちゃんと自分から電話かけてきたし、俺の電話無視しやがったことはギリギリ許す』
 ゆうくんにまたお礼を言わなきゃいけないかもしれない。よかった、自分からかけて。
『言っとくけど許すのは電話の件だけだからな! 後は明日全部話す』
 覚悟しとけよと脅し文句みたいなことを言われて通話はブツリと切れた。たぶんカップラーメンも作れないくらいの時間しか喋らなかったけど、なんだか何時間も喋り通したような感覚だ。
 こんなときなのに、朝早く行ったら由良の寝起きとか見られるかな、なんて考えている俺は、案外図太い人間だなと一人で笑った。

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