羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 どうやら暁人は、今日は女子からのお誘いを断ってここにいるらしい。そうだよな、暁人がこういう特別な日に誘われていないわけがないと思う。
 大牙がケーキを注意深くカットしながら苦笑いをこぼした。「万里ごめんね、酔っ払いがウザ絡みして……」そんな大牙に暁人が心外そうに反論する。
「はあ? 今日は一滴も飲んでねーから」
 暁人は素面のときの方が酔ってるみたいなテンションになることがたまにあるので、さっきのもそれだったのだろう。大牙曰く、暁人は酔うと寧ろ静かになるんだとか。だから大勢で遊ぶときはあんまり飲まない、と言っていて、酔い方にも色々あるんだな、と興味深く思った。
「でも由良の女性遍歴みたいなのは興味あるなあ。なんかすごそうだし」
「俺は毎日楽しく過ごしてるだけだっつの。兄貴よりはマシ」
「ふうん……? そんな感じには見えなかったけど」
「あれに比べたら俺のやってる女遊びなんて無罪極まりねーよ。今は改善されたけどあいつ高校のときとか途中まで荒れすぎててやばかったし」
 え、意外すぎることを聞いてしまった。なんとなく、セツさんの一面を盗み見してしまったみたいで申し訳ない気持ちになる。
「ゆきちゃんってなんで更生したんだっけ?」
「あー、なんかある日突然『仕事決めてきた』っつって帰ってきてそっからかなりマトモになった。あいつバイトからそのまま就職コースだったから何かあったんじゃね」
「そうなんだ。その辺りのこと初めて聞いた」
 暁人たちの会話を聞きながら、おれはセツさんのことをあまりよく知らないんだな、と改めて思う。出会ってまだ半年も経っていないくらいだから当たり前だけれど、自分の中では随分と濃密な思い出になっていたからちょっと寂しい気持ちだ。
「由良も女の子といっしょがよかった?」
「うわウゼーなお前、あからさまに落ち込むんじゃねえって。鍋美味かっただろ」
「んんん、ばれてた……確かに鍋は美味かったね」
「構ってほしいときが分かりやすすぎんだよ。あーもう、俺ってやっさしー」
 宏隆のちょっとした雰囲気の変化は、暁人にとっては「あからさま」らしい。この二人、なんだかんだ一緒に行動することが多いし仲良しだ。傍若無人を自称することもある暁人だけれど、宏隆と一緒のときはこんな感じで面倒見がいいし、宏隆のこういうときの言葉を適当に聞き流したりもしない。大っぴらに世話を焼かない辺りは、暁人なりの優しさなのだろう。
「まあ俺のクリスマスイヴにはそんじょそこらの男の十倍は価値があるし? 思う存分有難がってくれていーぜ」
「肩もむ?」
「なんでだよ! 俺は休日のお父さんか!?」
 宏隆はそこで少しだけ笑って、「クリスマス、家族で過ごそうって言われて逃げてきちゃったんだよねえ……きまずい……」と言い訳するように呟いた。ああ、誰かに一緒にいてほしかったんだろうか。暁人は呆れたような顔で「はあ? お前まだそんな感じなの」とため息をつく。
「うちとけるタイミング、完全にのがしちゃった……ああーもう家に帰りたくないよぉ、このまま由良のおうちに泊めて」
「何言ってんだお前……泊まるのはいいけど家に連絡はしろよ」
「由良がいい子みたいなこと言ってる。連絡した」
「はえーなおい……もう好きにすれば……」
 みんなは帰っちゃうの、と宏隆がスマホをしまいながら言う。確かにもうそろそろいい時間だけど、改まってそう言われると名残惜しい気持ちだ。最初にその視線に負けたのは佑護で、「……お前の家そんな人数泊めるほどキャパあんのか?」と暁人に尋ねている。雑魚寝でいいならご自由に、なんて返事がすぐさまきた。
「ゆうくんって付き合いいいよね。怒られたりしない? だいじょうぶ?」
「あ? 帰るのかっつってきたのお前だろ……俺の親はあんまごちゃごちゃ言わねえから平気だ」
「だいじょうぶなら、いいんだけど」
「……寧ろ『最近元気になった』って喜んでるから」
 宏隆は少し悩むような顔で、「言わせてごめんね、ありがとう」と静かに声を落とした。
「えーじゃあ俺一旦帰って着替え持ってこようかな。っつーかもう着替えてから来るかも。ついでに風呂も入ってくる」
「そっか城里くんはおうち近いんだっけ。いいなあー俺コンビニでパンツ買ってきたい」
「俺も風呂沸かすかね……たぶん兄貴が掃除してったはず」
 風呂の順番じゃんけんしようぜ、と言われて、ああこれもしかしなくても人数にカウントされてるよな、と少し嬉しい。つい最近母親に「バイトでも朝帰りでも外食でも好きにしろ」みたいなことを言われて「朝帰りはしない」なんて返した記憶があるのだけれど、電話したら笑われそうだ。フラグ回収、って言うんだよな、こういうの。
 そこからはばたばたと色々準備をした。ケーキを食べ終わってからこたつの上を綺麗に片づけて、コンビニに行って(ちなみに初コンビニだった)大牙が一旦家に帰っている間に風呂に入ったりなんだり。途中で暁人が「せっかく人数いるしホラーゲームしよう」なんて言い出して佑護が渋って宏隆が乗り気になって、みたいなことをやっていたらあっという間に十一時半をまわってしまう。今日はバイトで作業しやすいように動きやすい恰好だったから、一日くらいはこれで寝ても大丈夫だろう。流石に暁人も疲れてきたのか、テレビの電源を落としてぐっと伸びをする。
「茅ヶ崎お前怖いの苦手? 意外」
「だって殴っても勝てなさそうだろ……」
「なんで戦う前提なんだよこえーよ。やっぱお前にコントローラー持たせればよかったな」
 からからと楽しそうに暁人が笑うので、つられて笑ってしまって佑護にむっとした顔で見られてしまった。ごめん、そういうつもりじゃないんだよ。
 暁人は自室のベッドで寝ると言った。リビングにはソファがあったけど、誰か一人そこで寝るっていうのもおかしい気がして結局カーペットを敷いた床に雑魚寝。暁人と大牙が重そうに掛布団を持ってきてくれたので有難く使うことにする。大牙はもう何度も泊まっているそうで勝手知ったる、という風だ。
 布団の位置を調節していたらあっという間に日付が変わりそうな頃合いで。電気を消す直前、宏隆が「……みんなやさしいよねぇ」とお爺さんみたいな口調で言っていたのが妙に面白くて、みんなで笑った。

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