羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「潤」
 夕飯が終わって、先にこたつに入っていた孝成さんがおれを呼ぶ。いつもなら食器を洗ってからくつろぐんだけど、今日は一刻も早く傍に行きたくて水に浸けておくだけにした。孝成さんの体とこたつの間に入り込んで、後ろから抱えてもらう。この体勢、背中があったかくてほっとする。
「あったかい」
「ん、そうだな」
 孝成さんがおれの頭に顎を乗せて喋るから、振動が少しくすぐったい。テレビでは最近どこかの百貨店でやっていたらしいチョコレートのフェアについて特集されている。そういえば孝成さんって甘いもの好きなんだっけ。卵焼きは甘いやつがいいんだよね。覚えてるよ。
「なあ、お前チョコ好き?」
 わ、おれも今同じこと聞こうと思ってた。ちょっと嬉しい。
「けっこうすき。孝成さんは?」
「俺も。でもこの時期ってチョコ買いにくいんだよな。どこもかしこもバレンタインのフェアやってて」
「……じゃあ、おれつくろっか?」
 首を思い切り後ろに曲げて孝成さんと目を合わせる。ちょっと期待、してしまう。孝成さんは優しいから、優しく笑っておれにキスしてくれた。
「作ってくれんの?」
「うん。おれ、がんばってつくるよ。えっと、孝成さんが食べてくれるなら……」
「めちゃくちゃ嬉しい。ホワイトデー期待してくれていいぜ」
「そんなこと言われるとほんとに期待しちゃうって」
 して、と低く囁かれて頬が熱くなる。チョコレートなんてつくったことなかったから練習しないと。
 ふわふわ浮き立った気持ちを持て余す。孝成さんはまだ何か考えているみたいで、おれの頭をぐりぐりと撫でまわしていた。そして言いたいことがまとまったのか、こたつを両腕で押しておれが反転できるくらいのスペースを作る。素直に孝成さんに向き合うと、照れくさそうな表情が視界に飛び込んできたので心臓が高鳴った。
「……他の奴からのチョコ断っていい?」
「え……?」
「同僚とかからのやつ。本命くれる奴がいるから、って言ってもいいか?」
 うわあ。うわあうわあうわあ。おれはたちまち自分の体温が上がっていくのを感じた。嬉しい。あまりにも胸がいっぱいで黙って頷くことしかできなくて、孝成さんに「赤べこかよ」って笑われた。赤べこってなんだろう。いや、今はそれどころじゃない。何か言わないと。はやくはやく。
「お、おれの大本命もらってくれるの」
「バッカ、お前の以外いらねえっつってんだろ」
 おれの知ってる言葉だけじゃこの気持ちを言い表せない。孝成さんの体に正面から抱き着いて、「ありがと……」とようやくそれだけ言えた。孝成さんは、おれの存在を変に隠したりしないでいてくれる。そりゃ男同士だっていうのは言いふらしたりすることじゃないけど、恋人がいること自体を隠したりはしない。ちょうど今みたいに。
 それはきっと、おれがずっと戸籍を持っていなくて自分の存在がふわふわしてて、いつも不安だったのを知ってくれているから。
 おれ、もう孝成さんの隣以外で生きていけないかもしれない。最近は、布団の上で一人で目が覚めるとちょっと寂しい。孝成さんがおれの人生の一部になっちゃった感じ。
「うぅぅー……すき、ほんとにすき」
「ははっ、今更」
「……いっぱい言われすぎてもう嬉しくない?」
「んなことねえから。何回言われても嬉しい」
「うううぅ」
「呻きすぎ! お前マジで見てて飽きねえ」
 見てて飽きない? 孝成さんはおれのこと見てると楽しいのかな? じゃあもっと面白そうなことやんなきゃだめ? おれ孝成さんのためならがんばるよ。
 もう一回キスしてほしい、と思ったら何も言わなくても孝成さんがキスしてくれた。ずるいよー、おれどうすればいいの。とりあえず明日のご飯つくるの気合い入れよう。そんな風に決心して、おれは傍にある体温に頬を寄せる。
「俺、この座り方好きなんだよ。潤が傍にいるのちゃんと分かるから」
「そうだったの?」
「嘘はつかねえって。なあ、俺眠くなってきたんだけど」
「こたつで寝ると風邪ひいちゃうよー」
 こたつの中に引っ張り込まれて、ひとしきり二人ではしゃぐ。風邪ひいちゃう、なんて言ったけど、こたつで横になるのってとっても魅力的だ。特にそれが孝成さんと一緒ならなおさら。
 きっと孝成さん、自分で言ったことなのに恥ずかしくなって誤魔化したかったんだろうな。眠くなるような時間帯じゃないし。かわいいなぁ。こんなにかっこいいのに。
 おれは今日も孝成さんをすきになる。毎日再確認する。そして、明日もこんな風に楽しくいられたらいいなって思う。
「孝成さん、ありがとう」
「ん? どうした潤。またお前何か一人で考えてただろ」
「おれが嬉しいのとか楽しいのとか孝成さんのお陰だなって思って」
 おれがそう言った瞬間、孝成さんは眉を下げてはにかむように笑った。「大袈裟」おれの髪を梳く指の優しさが嬉しい。笑ってくれて嬉しい。やっぱり大げさでも何でもないよ。
「……これからも毎日すき」
 小さな声でとっておきの秘密を明かすように囁くと、満足げで頼もしい台詞が返ってきた。
「毎日好きでいてもらえるように、努力する」
 あ。既に一秒前の「すき」を更新しちゃった!

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