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▼ サンビタリアは叫ぶ

ホグワーツ特急でジェームズに出会ったことは何よりの幸運だった。
何も恐れずに、知識に貪欲で、何事も突き抜けていたアイツと居ることは、自分の人生に欠けていた面白みだった。
何もかもが自分を可愛がってきたと自信を持っているアイツと一緒にいると、どこか自分も同じような気がした。

思いついては挑戦、トライアンドエラーをする日々は目まぐるしく、羽の伸び切った生活は文句のつけどころがない健やかなものだった。
お互いのアイデアを加速させ、毎日新しいことを学ぶ。刺激的な日々だった。

陰鬱とした家に帰ると、俺の居場所は無いも同然だった。遂には家に帰らなくなった。こんな家こっちから願い下げだった。
毎年なんのために行っていたのか、貴族のクリスマスパーティーを初めとし、強制帰宅の夏休みにすら戻らなくなった。その間はジェームズの家で過ごすことになった。
ジェームズの家は、当然うちの家とは全く違ってて、優しく愛に溢れた老夫婦が良くしてくれた。

大広間で対極に座すレギュラスはいつも、静かに、腹の底のしれなさそうな相手とつまらない笑みを浮かべて佇んでいた。
自分は友人にも恵まれ、心から理解し合える親友が居て、縛ってくるものは何もなくて、自由だった。

家族を捨てた先にあったのは幸福だった。

くだらない家族にこだわったアイツは不幸で、つまらなく、可哀想であった。

あの頃、俺のあとをついて回ってた弟が、あのままであったなら。
俺と一緒に家族と違えていたら、はたまた家族がそんな俺達を受け入れてたら…
そんなことはありもしない。望んでもいない。



……

バレンシアは可愛くない奴だった。生意気でムカつく。真面目っぽく振る舞うわりに、ドン引きなくらい威勢が良かったり。だけれど、感情的で真っ直ぐなバレンシアは意外と嫌では無かった。純血貴族の当たり障りのない能面よりかは幾分か面白みがあった。

『あぁ、そりゃあいい、初ホグズミードを俺と過ごせるなんて』

あの時は本当に気まぐれだった。
連れ出してやったら、生意気なあいつも少しくらいは恩を感じるだろう。不本意そうにするだろうか。そんな複雑な顔をついでに見てやんなくもないかと思ったくらいだ。

そんな不純な気まぐれがきっかけにしては、成果は思いのほか実りがあった。
すっかりトゲの抜かれたバレンシアは丸くなりすぎて、素直すぎてこちらが戸惑うくらいだった。

自分が感じてたよりずっとバレンシアは窮屈さを感じてたのかもしれない。家族の言いつけなんか忘れて、はしゃぎ回るバレンシアに昔の自分が重なった。
きっとこいつも俺と同じなんだと思ったんだ。
俺と同じで、抜け出したかった人間なんだと。

あの夜からしばらく経った秋の日。どうやら噂に聞くと、最近のバレンシアはレギュラスとかなり仲が良くなったそうだ。見かけたふたりは随分親しそうだった。
その一方俺に対する態度はよそよそしいものだった。もとから接点が無いとはいえ、目を見て話したのはいつの事だったか。挨拶くらいはするものだと思っていたが、視線すら合わない。話しかけても返事と言える返事はなく、一言二言聞いたのか、そのくらいだ。

レギュラスブラックに上手く気に入られたから、もう俺とは関わりたくないのだろう。レギュラスは俺を嫌悪してるし、関わるとせっかくのお気に入りの特権が剥奪される。
そういう考えなんだろうと思った。

一瞬でも似てると思ってしまった自分が恥ずかしい。買い被っていた。蓋を開けてみればただのつまらない女だった。
そう思うと、バレンシアの笑顔をみる程に心の底で感情が暴れるのを感じた。

バレンシアが中庭のベンチで楽しそうに歯を見せて笑っている。その隣りで弟のレギュラスが、表情こそあまり変わらないが、気を許したような態度でバレンシアとの会話を楽しんでいる。食堂でのつまらない顔では無かった。

「あの子って……!」

隣で俺の反応を伺うように態とらしく呟いた声に、苛立ちを覚えた。

「……先生にもレギュラスにも、媚び売って必死だな」

自分には目を合わせもしないバレンシアが、自分以外の誰かに愛想の良い顔をしているだけでも腹が立つのに、相手はレギュラスで、それがさらに気に食わない。

「私もあんまり気にいらないのよね。あの子。地味なくせに先生達に気に入られててさ。贔屓よね。」

正直相槌なんて求めてなかった。酷く共感したように、ジェスチャーをする女に目もくれず、楽しそうに話す2人の背中を見る。

「目障りだ」

会話は随分弾んでいるようだ。声と笑い声が絶えず中庭に響いている。


「たしか最近、レティシア達がからかってるみたい」

何度か見たことがある。たしかバレンシアが滑らされたり、見えない壁にぶつかったり、授業中に妨害されて恥をかかされたり。そんなことだっただろう。
心が痛んだりなんかはしなかった。当然の報いだろうと思った。なんなら気分が良いとさえ思った。

「でもあの子あんまり表情変わらないから面白くないわ」

バレンシアは楽しそうに笑ってる。
まだそんな顔できるのか。
笑ってられる余裕があるじゃないか。
笑った顔が、レギュラスと楽しそうに話すバレンシアがどうしようもなく、腹立たしかった。

「表情が変わるまでやらなきゃ意味ないだろ」

やっと横の女に顔を向けると、意図せず声色は攻撃的になっていたようだった。女は怯えたように身体を震わせる。

「あの女が幸せになることは許さない」

俺を選ばなかったアイツに幸せなんてない。

そうだろ。

……

20話「傷付けたのは誰」のその後の話



「おかえりーって、スネイプ!?」

ポリジュース薬でこんなに最低な気分になったのは初めてだ。
バレンシアを医務室まで届けた後、すぐさま帰ってきた。部屋ではくつろいだ様子の3人が三者三葉、飛び上がって目を白黒させている。

「俺だよ、パッドフット。」

軽く犬のように唸ってみせると、さらに鳩が豆大砲をくらったようにルームメイトは混乱した。

「シリウス!?いったいぜんたいどうしたんだい!」

「スネイプのエキスを飲んだの?」

「シリウスが…?」

先程から顔は3人とも面白いくらい同じのまま、口々に告げる。

「成り行きでね」

トランクに雑に放り込まれたままのタオルを引っ張りだそうと手を伸ばすと、その手は空を切った。
ジェームズがタオルを掬いとったからだ。
そのままタオルを杖でくるくると遊ばせながら、遠くへ着地させて続ける。

「言い逃れはナシ!」

「どうしたの?」

3人とも、まるでまだ信じられないとでも言うようにまじまじとこちらを見つめている。

「どうもしてない。間違ってのんだポリジュース薬がこれだった。」

言い訳を考えるのに、頭を使う余裕は無かった。面倒くさい。早くシャワーを浴びたい。

「うそー!?」

「間違ってその特殊な小瓶のポリジュース薬を飲んで、さらにその瓶にいつのまにかスニベルスの毛が入ってしまってたって?」

ジェームズの芝居がかった大袈裟なリアクションが、今は俺の神経をさかなでる。

「どうでもいいだろ、シャワーを浴びさせてくれ。」

今の気分にそぐわない親友の顔に吐き捨てる。

「君って本当はスニベルスの事が好きなの?」

「冗談でもやめろよ、気持ち悪い!」

他の2人は空気の悪さを悟って、気遣わしげな目で様子を見守っているが、そんなことに気づいてないというより気にしていないのか、止めるつもりのない口が休みもせず問い詰める。

「だってさ、君ってそういうところあるだろ?」

「どういう事だよ」

「なんていうか愛情表現が独特?」

「……もし、バレンシアのことを言ってるなら、勘違いだ。」
ついさっき、スネイプにも同じことを言われたせいで、余計癇に障った。

「俺は好きな人を虐める趣味なんてない。プロングス、ムーニー、ワームテール。お前らにそんなことをしたかよ?」

急に話の矛先を向けられた2人は、予想だにしていなかったのか、言葉に詰まりながら、しどろもどろにあぁ、とかうんとか、漏らした。

「恋愛って複雑っていうし…まあ僕に対してもその気があるってんなら…」

「傷付けたい気持ちは悪意でしか無い。好意でもなんでもない。ただの悪意だ。」

強く念を押すように繰り返す。この勘違いお節介鹿、いいかげん理解しろと呆れ半分、苛立ち半分、投げやりな気持ちになっていた。

「それはそうだけど。それは数ある感情のうちの一つでしかない。」

この話題は平行線だ。
俺自身、あいつが傷ついたのをみて愉快な気持ちになったのを自覚している訳だし、なんならもっと傷つけば良いとすら思っている。
それをいったいどういう見方をすれば、好意があると捉えられるのか。
ジェームズは、いったいどんな本を読んだのか知らないが、架空の話に熱心なようで、これ以上口答えする気にはならない。

話は終わりだと、口は開かずにため息をついて、投げ出されていたタオルを引っ張って、部屋を後にした。



一刻も早くこの身体から抜け出したかった。
シャワーが肌に弾けて伝って、この身体をなぞっていく。早く戻れ。早く戻れ。
何故こんな事をしてしまったんだろう。



手の中に収まるバレンシアは冷たく、生きているのか不思議なくらいだった。
しかし微かに上下する胸を見るに、呼吸はしているようだった。
投げ出された四肢はよく見ると、真っ白な肌に無数のアザが残っており、切り傷のようなものもあった。
抱き抱えてみると、本当に生きているのかと疑うくらい軽くて、このまま放置してしまえば簡単に死んでしまうような気さえした。
ローブを肩から引っ張りぬき、バレンシアの体に巻き付ける。

今までスネイプにこれ以上の事をして来た。
アイツは闇にどっぷりのいけ好かない野郎だった。なにより陰気で、口を開けば癇に障ることしか言わない。
アイツが勝手に死ぬと言うなら俺は何とも思わない。それどころか喜びさえするだろう。

そうだというのに何故、こんなに……

「…シリ…ス」

ぼーっと焦点の合わない目をしたバレンシアは、俺の名前を呼んだ。

「…いかないで」

ぬるい体温と重さのない重みを腕に感じながら、微かな声で訴えるバレンシアに、凍りついたように動けなくなった。

何故そんな顔で俺を呼ぶんだ。

どうして、お前は俺を選ばなかったんだよ。








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