▼ 傷付けたのは誰
「みろよ、仲良く医務室行きだぜ」
「医務室で何するんだろうな」
「やめなよ、あはは」
いやらしい笑みを浮かべた何人かが、抑えるつもりのない小声で会話を交わす。
レギュラスと最近やけに仲がいいと思っていたが、今度はスネイプに手を出すつもりか。
目の前の連中になんとも言えぬ嫌悪感を抱いた後だったが、下衆な妄想は膨らんでいった。
「さっきのスネイプ最高だったわね」
やけに近い距離で隣に座る女、グリフィンドールでそれなりに仲が良いターシャだ。
何か話しかけられていたが正直今は虫の居所が悪い。口を開く気にもなれない俺は肘を着いていた手に顔を沈めた。
「シリウス…?」
よりにもよって何故俺が最も気に食わない奴らと絡むのか。俺への当てつけか?いや、俺は別にあいつの事はもうなんとも思っていないから俺がどうこう思うかは別として。
俺の方が先にアイツと仲がよかったはずなのに、どうしてアイツは俺が最も気に食わないと分かっているヤツらと親しげにいるんだ。
俺に喧嘩を売っていたのか。そうに違いない。
広がり続ける文句の羅列に脳みそが煙を出してきた頃、俺は席を立っていた。
「なに急に」
「トイレ」
と言った頃にはもう席を離れていた。
後ろで俺を呼ぶターシャの声にデジャブを感じたような気がしたが、あまり気にならず、そのまま教室の重い扉を開けた。
…
「彼は多感な時期らしいね。見ていてもどかしいよ。」
「はぁ?ジェームズそれって」
「案外奥手なのかもね?」
「はぁ?!」
やけに楽しそうなジェームズの横で、怒りが収まらぬターシャは長い黒髪を苛立ったようにかきあげた。
「ジェームズ、やめときなよ」
諌める僕の声は2人にとってただのBGMのようだ。
「ジェームズ、貴方エヴァンズとの仲を取り持ってほしくないのかしら?」
「ターシャ、怖いよ。そもそも君ってそこまでエヴァンズと仲良く無いだろう?毛色が違い過ぎる。」
「あんたが一番遠ざけられてんのよ!少しは感謝したらどうなの!?」
「まあまあ、ターシャ落ち着いて」
シリウスの前ではえらく大人しくなる彼女の豹変ぷりにはもう慣れた。シリウスはそんなことも気にとめていないようだけど、僕達は軽く女性不信に陥りそうな程彼の女関係の始末に付き合わされている。
「シリウスとあんな女に何があるっていうのよ?釣り合わないわ。」
「ひゃー、女の子って怖いなぁホント女の子って誰でもこうなのかい?僕の故郷ではそんなこと無かったよ。そうなのは更年期のおばさ」
「ジェームズ…!」
怒りで鬼のような顔をしたターシャに、思わずジェームズの肩に強く掴みかかる。
「君のその目は結構ギャップがあって素敵だよ」
それでもまだ彼の調子は崩れることなく、飄々と言葉を続けた。
「はぁ…」
本当に勘弁してくれ。
僕の周りにはろくな奴がいないと、親友ながらしみじみと感じた。
今日はチョコレートが大量になくなりそうだ。
…
具合が悪そうに顔を青くしたバレンシアは、意識朦朧としたまま自立する力は無いようだ。時々うめき声を上げている。
熱を持った身体がスネイプの体に密着して温かい。
1番親しい女子のリリーでさえこんなに触れたことが無かったスネイプは首に荒い息がかかるのを意識せざるを得なかった。
しばらく行き場を失った手を右往左往させていたが、悶々とする思考を振り払い、介助のためだと自分に言い聞かせ彼女の腰に手を添えた。
(柔らかい…)
女子とはこんなに柔らかいものなのか。そして普段関わる男達とはまた違った香りがした。
(何故こんなことに)
「おいおい、まさか本当にデキてんのか?」
突然の問いかけにスネイプは大袈裟に肩を揺らした。
振り向くとさっきまで教室に居たはずのシリウス・ブラックではないか。憎らしい顔にスネイプは思わず顔を歪めた。
「…っだれが貴様のお古なんか!」
思わずスネイプは腕に収まっていたバレンシアを突き飛ばした。
自立する力も無かった彼女は支えを失くして、当然崩れ落ちた。
派手に音を立てて落ちた彼女にスネイプはハッとするが、動くタイミングを見失い立ち往生した。
スネイプがシリウスを見直した時、シリウスは目を見開いて動揺したように見えた。
しかしシリウスは特に何を言うでもなく、バレンシアを見ていた。
沈黙が重い。
「そいつ、どうしたんだ」
あくまでシリウスは何とでもないというようにスネイプに尋ねる。
しかしスネイプはその声が怒りに震え、バレンシアから目が離せないでいることに気がついていた。
憎きシリウスの動揺を悟ったスネイプは、どうにかして彼を煽りたいという衝動に駆られた。
「知ったことか。
コイツが野垂れ死にしようが関係ない。」
ちらりとブラックの様子を伺うが動きはない。
衝動が喉から込み上げるようで、抑えるつもりはさらさらなかった。
「なんだ、お前達‘’そういう”プレイでもしているのか?傷付けられて喜ぶような変態女だったか?コイツは…」
「ディフィンド!」
荒々しく唱えられた呪文はスネイプの頬をかすめた。
パックリと割れ血が伝うのを感じた。
スネイプは冷や汗が背中に伝うのを隠すように平静を取り繕った。
「そういうのに巻き込まれるのはゴメンだ。」
「随分舐めた口きくな」
シリウスは鋭く冷たい声で刺した。
灰色のシリウスの目は暗く、何も映していないようだ。
「まだエヴァンズのケツを追い続けてるらしいな?
そろそろぶち込めそうか?
無理だろうなお前みたいな半端者童貞には」
「「ステューピファイ!!」」
ほとんど同時に唱えられた呪文は、シリウスの方が上手だった。
床に倒れ込んだのはスネイプだった。
シリウスは石畳を革靴で鳴らして歩み寄る。
「つくづくムカつく野郎だ」
倒れ込んだスネイプの腹に1発蹴りを入れた。
「うッ…」
シリウスはバレンシアの元へ膝を着いた。
突き飛ばされた拍子に気を失ったというより元々具合が悪かったのだろうか。あまりに足取りが力なかった。顔は青く冷たい石畳に触れていた部分はかなり冷えていた。バレンシアを抱きかかえて、ふと我に返る。
‘’コイツが野垂れ死にしようが関係ない”
さっきのスネイプの言葉が脳裏に浮かんだ。
手元をみれば、先程の授業での怪我が痛々しく血を滲ませている。
その血がどうにも胸をざわつかせた。
ローブの裾をまくって確かめる。薬を塗ったのか治りかけの赤みがかった傷が無数にレーベラの白い腕に、首に、膝に残っている。
腹の奥がキリキリと痛んだ。不快だ。
あの日のレーベラがにこやかに笑いかけるのを振り払った。
「……クソ」
寝転がっているスネイプの毛を雑にちぎりとって、ローブにしまっている道具の1つにそれを入れた。
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