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Chapter1-5
それは、毎年恒例の遠足へ、孤児院の子どもたち総出で行った時に起こった。
「デニス!エイミー!どうしたの!」
ミセスコールが二人の肩を掴んで揺さぶる声が、その場に響き渡る。
まだ孤児院に入ったばかりの子どもたちが怖がって泣きだすのを見ていられず、わたしはその子たちに手を伸ばそうとした。
「ナマエ、行くぞ」
そんなわたしの手を掴んで、その喧騒から抜け出そうとするリドル。
そんなわたしたちの耳に、エイミーがどこか虚ろな声色で言うのが聞こえた。
「トムと…トムリドルと、洞窟に入って……」
それ以降をエイミーが紡ぐことはなかった。
わたしの手を掴んでいたリドルがわたしを振り向くことはなく、私はただその背中を見つめていることしかできない。
結局リドルはミセスコールに連れられて一人離れた場所で座らされ、わたしたちは後味が悪いままに、遠足から孤児院へと帰ったのだった。
あれからリドルは知らないで通したらしい。
らしい、というのも、リドルは部屋に閉じ込められてしまい、そして怖がって誰も近づかなかったことから、職員たちが噂しているのを聞き耳を立てた誰かが聞いたらしいのだ。
エイミーとデニスはあれ以来どこかおかしくなってしまった。
そのうつろな目に見つめられるのはどうにも恐ろしくて、わたしは二人の目を避けるように孤児院の外で遊ぶようになった。
「ナマエは何か知らないの?リドルから何も聞いていない?」
そう好奇心から聞いてくる子たちを追い返すのも億劫だった。
しかし、それ以外のおしゃべりであれば、「リドルがわたしたちの”不思議な力”を使ってあの二人をおかしくしたんじゃないのか」「あの二人が選ばれたのは、わたしに関係しているのではないか」といった、わたしをとてつもなく不安にさせる考えを、少しばかり消してくれるのもあって、いつまでも話していられた。
そうして数日が過ぎた。
リドルとあの二人の話は不自然すぎるほど避けられ、わたしはリドルの謹慎が解けたのかさえ知らなかった。
遊んでいた子たちが孤児院に戻った後、わたしは一人で庭の端に咲いたスミレを見つめていた。
そして、周りに誰もいないのを確かめると、こっそりここにだけ雨が降りますように!と念じる。
すると、小さな雲が目の前に生まれ、霧吹きのような雨が降り、スミレが生き生きと二つ目の花を咲かせた。
「ここにいたのか」
声でも、そして気配でも、それが誰だかわかる。
わたしが振り向かないとわかると、リドルはわたしの隣にしゃがみ込んだ。
「スミレか」
わたしには何も言葉が残されていなかった。
だって、二人にわたしが言った言葉は、二人にとって正しくなかったのかもしれないからだ。
彼は、二人にとって本当に悪魔だったのかもしれない。
彼はスミレの横に手をかざすと、何度か何かを撫でさするような仕草をする。
すると、そこには淡いピンク色の月見草が、小さく花を開いていた。
豆朝顔、ユキノシタ、柳花笠と、どんどん増えて行くそれに、わたしは思わず唇をゆるめてしまう。
彼に似合わないほど、小さくひかえめな花たちなのだ。
「僕はなにもやってない」
花を見つめたままそう呟くリドルに、わたしはまだなにも言えなかった。
わたしはまだ、彼を悪魔だと信じたくなかったから。
それはわたしの中で、あの二人を裏切ることとなぜか同義でもあり、小さな罪悪感が滲み出してくる。
でも、わたしは結局、花を咲かせ続けるその手に自分の手を重ねて、軽く握り込んだ。
背骨に絡まる花と蔦
信じることの息苦しさを知る。