/ / /

Chapter5-1


ナマエが姿を消してから、10年の月日が経った。
忽然とあの家から消え失せた彼女を手当たり次第に探し、時には脅すような真似もしたが、結局ナマエが見つかることはなかったのだ。

あの日、私はホグワーツ時代に私の考えに同調した者たちとの会合があり、手短に済ませるつもりが長引いてしまった。
ナマエに分霊箱を作らせた後、私はしばらくその者たちとヨーロッパ各所を回り、勢力を固めようとしていたのだった。

もちろん、ナマエを連れて。

ナマエが私の考えに賛成するという甘い考えを持っていたわけではない。しかし、昔から私にほだされることの多かったナマエのことだ、最終的には私についてくるだろう。そう思っていた。

しかし、少々の苛立ちとともに家に着いたわたしを待ち受けていたのは、もぬけの殻の家と、ナマエのために用意したはずの鍵、そして私が彼女に贈ったバーナードだけだった。

部屋中を探した、いるはずのない棚やベッドの下まで。全て嘘だと思いたかった。

孤児院や、魔法省まで訪ねた。しかし、彼女の消息はついぞ掴めぬままだった。

ふたりで座ったソファに腰掛け、どうにもできない喪失感を紛らわすように、テーブルに拳をふりおろす。私は彼女と出会ってから、”一人になる”という感覚を味わったことがなかった。
彼女は距離こそ離れていても、私のそばにいると、そう私に伝えるすべをいくつも持っていたからだ。

それはフクロウ便だとか、守護霊の伝達だとか、そういう形のあるものではなかった。
ナマエが、「トムのことを大事に思ってる気持ちがそうさせるのね!」と満足げに言いそうな類の、目には見えないものによって。

しかしそれが、今はこの家の中にも、そして私の中からも消えてしまった。ナマエが、私の前から自ら姿を消すというのはそういうことだった。

全て焼き尽くしてしまおうか、そう考えた。この家と、それから彼女が腕に乗せて笑っていたあのフクロウをも諸共にして。
ひとり殺したことが彼女にとっての罪ならば、全て消してしまえばいい。


結局私は、その家を誰にも見つからないように厳重に魔法をかけ、ヨーロッパへ旅立つことを選んだ。
どうしてもここを失くすことができなかった。何事もなかったように更地にしてしまうには、思い出がありすぎた。




10年、それほどの月日が経っても、ナマエは私の中に住み着いて、容易に消えてはくれない。

「我が君、次はどこへ」

私の足元に跪く”死喰い人”に、私は言った。

「ホグワーツだ。支度をしろ」

ホグワーツ、という言葉に眉をひそめる男が慌てて仲間たちに伝達するのを待たずに、私はホグズミードへと姿現しした。





数年ぶりに会っても、この食えないタヌキはやっかいだ。

校長となったダンブルドアは、私にとびきりの信頼を寄せていたディペットとは違い、私に対してこれ以上ないほどの警戒と疑念を抱きながらも、それをおくびにも見せない。

「では、今回もまた私を雇う気はない、ということですね。酷い人だ」

「きみが本当に、心から子どもたちに魔法を教えたいと思う日が来たら、その時に来るがよいぞ」

私は憤慨して立ち上がった。このタヌキは全てを分かった上でこうほざいているのだ。
もともと、この老獪が校長に就任したと聞いた時点で、ほとんど駄目元に近かった。

しかし、私にとって常にホグワーツを歩き回れ、その神秘的な隠し部屋の数々を暴き、闇の魔術を覗こうとする若い魔法使いたちに接触できるというポストは、断られるのが分かっていてもなお魅力的だった。
もうここに来ることはないだろう。

立ち上がった勢いのまま私が忌々しいタヌキの部屋のドアノブに手をかけたその時、ダンブルドアが世間話をするように言った。

「そういえば、なんじゃが。すまんの、これを先に言うべきじゃった。闇の魔術に対する防衛術の先生は、もう私の中で決まっているのじゃ」

「誰なのです、と聞いて欲しそうな口ぶりですね」

私が様々な感情―その中で最も大きい割合を占めるのは間違いなく怒りだが―を押し殺してそう問い返す。どこまで私を愚弄するつもりだろうか。
すると、その言葉を待っていたであろうダンブルドアは、彼にとって一番穏やかであろう声で言った。

「ナマエ、ナマエ・ミョウジじゃ。きみにとってもよく聞き覚えのある名前だろうて」

私の目は驚愕に見開いていた。
ダンブルドアに背を向けていたことをこんなに安堵することはないだろう。私の表情を見たダンブルドアはきっと満足げな顔をするだろうという確信が何故かあった。

ナマエ。私が探し求めていた、そしてついぞ見つけることのできなかった彼女の背中が像を結んだ瞬間だった。
しかし、ダンブルドアがその名前を口にした時点で、私にとっては一番遠い位置にいるということが明確になってしまった。私が強引に奪おうとしたとて、ダンブルドアはたやすく彼女を守り、そして手の届かぬ場所へ永久に隠してしまうだろう。
このタヌキは、ナマエが望まぬ限り彼女を一目見ることすら許さないはずだ。

「きみのお眼鏡に叶うといいのじゃが」

「…きっといい教師になるでしょう」

そう言い残して、私はついぞダンブルドアを振り返ることはなくその場を立ち去った。これは永遠の決別だった。



いい教師になるだろう。

ナマエは私――ヴォルデモート卿から、唯一逃げおおせた魔女なのだから。

しかし、二度はない。彼女が次私に見(まみ)えた時、それは彼女が外の世界を見る最後の時だ。

鍵は昏い水底に沈めてしまった

空瓶に君を閉じ込めた、はずだった

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -