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Chapter4-6
わたしはかばんの中に荷物を詰め始めた。
時間がない。わたしが持っていけるものは限られているだろう。
赤いヒールのエナメルを指先で撫で、箱に入れてかばんに入れる。どうしても置いていけなかった。あのときの感動が忘れられないから。
しかし、ドレスはかばんに入れると皺になってしまいそうだし、箱に入れたままは持ち歩けなかったので、寂しさを残しながらも置いていくことにした。
バーナードを見つめる。彼はわたしを見つめて小さくやわらかな声で鳴いた。彼を連れて行ってもいいものだろうか?トムはバーナードを、わたしが見ていないと踏んだ時だけこっそりかわいがっていた。もちろん、わたしは気づいていたけれど。
悩んだ末、わたしはバーナードがいる籠を手に取った。
かばんに詰めてみると、わたしの荷物はとても少なかった。わたしがこの家で過ごしてきた間、何も足りないことがなかったのは、トムが全て与えてくれていたからだ。
数年しか住んでいないのに、すでに昔からの我が家のようになじんだこの家を離れるのは、わたしにとって底知れない寂寥感を感じさせた。
しかし、そのさみしさの根底には、別の理由があることをわたしは知っていた。
トムだ。ずっとわたしたちは一緒にいた。
わたしたちが離れたことは一度もない。今でも、離れられるのか自信がなかった。しかし、行かなければならない。
わたしは二人でよく並んで座ったソファの背もたれをひと撫ですると、ダイニングテーブルにわたしが渡されていた鍵と、バーナードの籠を置き、彼の顎元を指先でくすぐって家を後にした。
そして、わたしは振り返ることもできずに、その場から姿現しをした。
わたしが向かった先は、ホグワーツの敷地の外だ。マグルが見たら廃墟に見えるらしい外観を見上げる。
他に行き場もなくてきてしまった。ホグワーツの中に姿現しはできないと知っていたため、ここに出てきてしまったけれど。
しかし、ここからの入り方がわからない。やっぱり、孤児院にお世話になるべきだったろうか。でも、きっとあそこはトムにすぐ見つけられてしまうだろう。
「ホグワーツでは、助けの必要なものに、必ずそれは与えられる」
穏やかな声に振り向くと、そこにはダンブルドアが立っていた。
「きみは、助けを求めてやってきたのじゃろう」
ダンブルドアの懐かしい顔を見ると、張り詰めていた気持ちがゆるみ、思わずその胸に駆け出してしまった。
ダンブルドアはわたしを受け止めると、涙が止まるまで優しく背中を撫でてくれていた。
わたしとダンブルドアは、まるでホグワーツに生徒として通っていた頃に戻ったように、ダンブルドアの部屋で向かい合って座っていた。
「きみが、話したくないというなら私は無理には聞かない。しかし、もしきみが話す気になったら、私に聞かせてくれるね」
ダンブルドアの優しい声色にわたしは頷いた。
わたしは結局、ダンブルドアに分霊箱のことを話せなかった。首にかかったトムのロケットが、おそらく彼の分霊箱であることも。服に隠れて見えないそれを、ダンブルドアが見透かしているような気がして思わず服の上から押さえた。
わたしは、本来ならこれをダンブルドアに一番に言うべきだ。しかし、なぜか口にできなかった。
「実は、魔法省からきみと連絡がつかないと連絡が来ていたのじゃ。私が何度かきみの近況について、魔法省の知り合いに尋ねていたから、私に聞けばわかると思ったらしい。
それで、何か困ったことになったのではないかと心配していたのじゃ」
そうだ、わたしはあの晩から連絡もせずに仕事を休んでしまっていた。わたしがハッと口に手をやると、ダンブルドアはくすくすと笑った。
「心配せぬとも、魔法省の知り合いにはきちんと説明しておる。ナマエはホグワーツで勤めてもらうことになった、とな」
「えっ!」
「執念深いトムのことじゃ、今までの仕事場にはもちろん探りを入れることじゃろう。きみが一人になりたいのならば、徹底的に家出をせねばならぬのではないかの?」
まるでいたずらっ子のような表情を浮かべるダンブルドアに、なんだか肩の力が抜けてしまった。
「私は、きみとトムが、一度離れて一人で考える時間が必要なのではないかと、ずっと思っていたのじゃ。もちろんずっと離れぬ愛もあるが、きみたちはちと、お互いにひどく依存しているように見えるものでの」
「愛って!そんなものじゃないです…たぶん…そうだとしても家族愛で…」
「おや、もうすでにきみたちは恋人同士なのだと思っていたのじゃが。これは失礼」
絶対わざとだ、と思ったけれど、くすくすと笑うダンブルドアにつられて、わたしも笑ってしまった。あの家にいるときは、二度と笑えないだろうと思ったのに。
ふとした瞬間にわたしはあの女性を殺したんだ、と考えてしまうけれど、ダンブルドアといるときは違った。
「きみは君が選ぶ道を行けばよい。逃げることは無責任なのではなく、きみの心を守るために必要なのじゃよ」
ダンブルドアは何も知らないはずなのに、わたしの頭を撫でてそう言った。
意識しているのか無意識なのかはわからないけれど、ダンブルドアはいつも優しく包んでくれるような雰囲気を持っている。
わたしはダンブルドアからディペット教授に頼んでくれたこともあり、変身術の授業のお手伝いとしてホグワーツにおいてもらえることとなった。
わたしがいなくなる日
いつかきみの手を繋いでなにもかもなかったことにできたら。