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Chapter4-3
あれから、わたしは数日トムと荷物を解いて部屋の片付けをして過ごし、慌ただしくはじめての魔法省入りを果たした。
トムが魔法省入りを断ったという話は、ホグワーツの教師陣をひどく驚かせ、落胆させたらしいけれど、トムは素知らぬ顔でわたしを見送った。ティーカップ片手に。
魔法不適正使用取締局から声のかかったわたしは、特に他にやりたいこともなかったため二つ返事でこの部署に入った。直属のボスはマファルダ・ホップカークといういたって厳格な女性で、けれどこっそりキャンデーをくれるお茶目なところもある。
正直、入る前は誰かが不正使用しない限りお呼びはかからないだろうと踏んでいたものの、マグルの前で魔法を使って湯を沸かした魔法使いだとか、未成年なのにもかかわらずべろべろに酔って一人で花火を何発も打ち上げただとか(なんと、グリフィンドールの後輩だ)、毎日休む間なく調査して書状を書くという作業を繰り返した。
「ナマエ、こんなに忙しいと思わなかったでしょう?」
マファルダはわたしの空になったカップに湯気のたったコーヒーを入れてくれると、くすくす笑いながら言った。
わたしはその時点で目が回りそうなほど両手に仕事を抱えていたので、勢いよく首を縦に振る。
「ちょっとくらい休憩なさい。クッキーでも食べて」
マファルダが杖を振ると、コーヒーのカップの隣に山盛りのクッキーの缶が現れた。
わたしが顔を輝かせると、彼女はまるで母親のように笑う。
「あなたの学年は結構有名人が多いわね。ウィーズリー家、ポッター家のご子息が揃っているなんて」
わたしはあまり実感はなかったけれど、聖28一族と呼ばれる家系の魔法使いは、このイギリスの魔法界においてホグワーツを卒業するだけで話題になる程度に有名らしい。
ポッター家は聖28一族ではないものの、それに加わるくらい純血だろうと言われているため、それに並ぶことが多いようだ。
「あなたはグリフィンドールだから、ポッター家のフリーモントと、ウィーズリー家のセプティマスと同寮だったのかしら」
「はい、彼らのいたずら好きには困りましたけど」
「やんちゃだと聞いているわ、でも彼らもきちんとしっかりした職についたようで安心ね。でも、彼らと同じくらい、いえ、彼らより有名だった子がいたのに、彼は…」
そこで言葉を切ったマファルダに、なんとなく誰の話をしたがっているのかわかってしまう。
「トム・リドルですか?」
「そうよ!スラグホーンからも聞いていたのだけれど、彼は魔法大臣にすらなれる逸材だったそうなのに…」
彼女は心からトムが魔法省入りしなかったことを惜しんでいるようだった。彼は今頃ボージン・アンド・バークスで、わたしを見送った時と同じように紅茶を飲んでいるだろう。もしかしたら、誰かを訪ねて魔法の道具を売るよう説得しているかもしれない。
「それが、ボージン・アンド・バークスなんて!魔法界の損失だわ…」
マファルダはそう呟いて、仕事に戻っていった。
彼女をはじめとして、わたしの周りの人たちはトムがボージン・アンド・バークスに勤めだしたことをまるでバカげたことだと言うけれど、わたしは特に何も思わなかった。
トムほど選択肢のあった人がやりたい仕事を見つけ、それを選んだならそれが何よりだ。
昔から野心的だということはわかっていたけれど、特にこれをやりたいという夢のようなものを見せてこなかったトムがやりたいことを見つけたことが、わたしにとって喜ばしいことだった。
魔法大臣だって、もしかしたら退屈かもしれない。
「ただいまー」
わたしがくたくたになって暖炉から灰まみれのまま出ると、トムがソファから立ち上がってわたしの体についた灰を払い落としてくれる。
「きみは灰を部屋中に撒き散らすつもりなのか」
「トム、それより先にわたしにいうことがあるでしょ」
「…おかえり。ナマエはただいまの前に灰を払うべきだが」
トムは杖の一振りで床に散った灰を綺麗にしてしまうと、もう一度ソファに座りなおして本を手に取った。
わたしはその隣に座ると、杖を振って紅茶をカップに注ぎ、ミルクと角砂糖を二ついれた。
するとすかさず、
「いれすぎだ。ブタのように太っても知らないぞ」
と本から目を上げないままにトムの指摘が飛ぶ。
「トムが痩せすぎなのよ!昔から何も食べないじゃない。背ばっかりひょろひょろ伸びて」
「僕が身長しかないもやしと言いたいのか?」
「身長『も』!そこそこよ!アブラクサスに抜かされてたじゃない」
「…ナマエは今日夕食抜きだ。せいぜいダイエットに励め」
「え!だめ、今日ナポリタン作ってくれるって約束したじゃない!」
それ以来トムは押し黙ってしまい、そっぽを向いて本を読み始めた。どうせその本は何度も読んでいるくせに。
「トム〜身長だけじゃなくてちゃんと筋肉もあるじゃない。腹筋とか、ほら」
「今度は僕を筋肉バカと言いたいのか?」
「ほ、ほどよいってことよ!フリーモントのほうが筋肉バカだったし」
「もう喋るな」
わたしはまた墓穴を掘ってしまったらしい。
とうとう本の世界に入ってしまったトムはもうわたしの話を聞く気はないようだ。
「はあ〜…ナポリタン…」
わたしがソファの上で足を抱え込んで小さくなりながらそう呟くと、タイミングよくお腹まで鳴ってしまった。恥ずかしくて言葉も出ない。
「はあ。僕はナマエをブタにするために生まれてきたようだ」
トムはそんなわたしを見ると、本を置いて立ち上がり杖を振ってフライパンを火にかける。
ここに住み始めて、料理をするようになってから気づいたけれど、同じように杖を振って料理をしても誰が作るかによって味が違う。
トムの作るナポリタンはわたしの大好物になっていた。
「トムって本当にわたしに甘いわね!だいすき!」
わたしがクッションを抱きしめながらキッチンへ声を上げると、トムは大げさにため息をつき、けれどまんざらでもなさげな顔をするのだ。
いじけたあのこの横顔に
秘密があっても日常は なんでもない顔をして続く。