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Chapter4-2
アルバニアからトムの付き添い姿現しでロンドンへ帰ってきたわたしは、当然孤児院に戻るのかと思っていたけれど、トムはそのわたしの予想を裏切り、またわたしを連れて姿現しした。
その場所はわたしにとって見覚えは一切なく、そこに当然のように立つトムには到底似合わないような、のどかな雰囲気の森の中にある、木の生えていないひらけた空き地だった。
「わたし、さっきから森にばっかきてるみたいだわ」
わたしのそんなつぶやきにも構わず、トムはきょろきょろと地面に目を落とし何かを探している。
「また探し物?今度は何?つくしの芽でも探してるわけ?」
「あった」
そう声をあげた彼と一緒に地面を覗き込むと、そこには錆び付いた小さなポストが転がっていた。そこは雑草が生い茂って無法地帯になっていたので、一目ではわからなかったのだ。
トムは唐突にそのポストを爪先で三回蹴った。
何か嫌なことでもあったのかな、とトムを胡乱な瞳で見ていたせいで、わたしはそれが現れるのを見られなかった。
顔を上げると、ただの雑草の生えた空き地だったそこに、小さな一軒家が立っていた。
「何これ!魔法?」
驚きすぎてまるで魔法使いとは思えないことを言ってしまったわたしを、トムは呆れた目で見遣る。
しかし、いつまで経ってもその家を見回してその場から動かないわたしに焦れたのか、トムがその家の可愛らしいドアノブを回して中へ入るように促した。
「レディファーストだ」
彼の言葉のままに中に入ると、こぢんまりした、しかし十分に広さのある部屋が広がっていた。キッチン、四人はゆうに夕飯を囲めそうなダイニングテーブル、ソファの置かれたリビング。部屋の奥はシャワールームと寝室が二つあるらしい。
「なんて素敵なの!夢のお家みたい」
孤児院時代は、このような家に将来住みたいと思っていた。そんな夢を、いつだかトムに語ったかもしれない。
小さな家で、すきな人とのんびり過ごしたい、と。
「きみと僕が、これから暮らす家だ」
彼が何気なく言った言葉に、わたしは目を見開く。
「ここに住めるの?わたしとあなたが?」
「きみは魔法省に内定が出ているから、暖炉は魔法省に通えるように煙突ネットワークを繋いでおいた。僕ときみしか通れないようにしてあるけど」
―この場所も、きみと僕しか探知できないようにしてある。
そんな言葉に、わたしの胸は踊っていた。まるで秘密基地みたいじゃない!
「あなたは昔から、何もわたしに話さずに決めてしまうのね。そして、それはいつも素敵な考えだわ…」
わたしはそう言いながらトムを抱きしめた。トムは唐突なことで戸惑ったのか、いつもよりぎこちなく背中に手を回す。わたしにはトムの表情が見えない。けれど、彼もきっとわたしと同じ表情を浮かべている。そう、思っていた。
「きみはホテルの部屋だと男と泊まるのを渋るくせに、住むとなると話は別のようだな」
そうからかう声も普段通りで、わたしは憤慨して彼の胸を拳で軽く叩く。
「あなたは孤児院にいたときから、ずっと家族として過ごしてきたもの。最近は”女”として見てくださってるようだけど」
「言い方に棘があるな。僕はきみにこんなにもつくしているのに」
彼はわたしの手を掴むと、キッチンへと誘った。そこには一通りの道具が揃っており、それらはまだ真新しかった。
「そして、きみの部屋はここだ」
彼が奥まった部屋のドアを開くと、そこには薄い青色の天蓋のかかった柔らかそうなベッド、白い机、そしてわたしがホグワーツで読んでいたものであろう本が詰まった本棚が置いてある。
わたしは弾かれたように部屋の中に入り、風に揺れるレースカーテンを開けて窓の外を眺めた。
「素敵だわ…、トム、本当に夢みたいよ」
わたしの後ろに並んでいたトムを振り返ると、その顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。
「きみが気に入ったなら、それは良かった」
早く仕事に行ってみたいと気が急いていたものの、こんな素敵な家を見せられたらもう出たくなくなってしまう。
その日はいくぶん焦がしてしまったものの、野菜をたっぷり入れたオムレツを焼き、その家でのはじめての食卓をふたりで囲んだ。
いくつもの祈りとともに
いっそ、この嘘が本当になればいいのに。