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※一部、R-15程度の性的な描写があります。ご注意ください。
Chapter4-1
ホグワーツ特急から降り、学友たちとの挨拶もそこそこにトムに手を引かれたわたしは、なんとアルバニアにいた。
驚きすぎて言葉もないわたしに、トムは「卒業旅行だ」と簡潔すぎる言葉を残し、魔法で地図を呼び寄せるとすたすたと歩き始めた。
「トム!わたし何も聞いてないわよ!」
こんなところでトムとはぐれたらどうしようもないので、仕方なくその背中についていくと、彼はまるで何度も来た道を行くようにどんどん深い森へと入って行く。
「どうしてこんなところ…」
鬱蒼としたアルバニアの森は禁じられた森に少し似ていたものの、見慣れているという点では禁じられた森の方がまだマシだった。
優等生ぶっているくせによく禁じられた森に入っていたトムにたまに連れ出されて、深く分け入った先にある綺麗な花の咲いた泉を見に行ったものだった。
そういう思い出を考えていなければ恐ろしくて腰が抜けそうなのだ。
光がささないほど奥まったところに来てしまった私たちは、トムの杖の先に灯った光のみを頼りにして歩いている。
「トム…もう暗くなるわよ、戻りましょう」
「怖いのか?ホグワーツでゴーストと戯れていたきみが」
まるでからかうように言う彼は、いつもグリフィンドールのテーブルでわたしとニックがゴーストの存在について熱く語っていたのを見ていたらしい。
しかし、いるとわかっているゴーストと、いつ出るかもわからない何かとは、本質的に怖さのベクトルが違うのだ。
わたしがあまりにトムのローブを掴むので、トムはため息をつきながらわたしに手を差し出して来た。
「そのままにさせておくと、僕のローブに皺の模様が出来てしまいそうだ」という前置きつきで。
わたしがトムの手を握り、そしてここぞとばかりに思い切り腕にしがみつくと、トムは二度目のため息をついてまた歩き始める。
アルバニアの夏は暑い。しかし、この森の中はどこかひんやりとしていて、背筋に冷たいものが流れる気がする。
しばらく歩いていると、トムは何かを見つけたようで、わたしにここで待っていろと言い残し走って行った。
わたしは一緒に行きたかったものの、来るなと言われてしまえばそれまでで、野うさぎの姿をした守護霊を出してそこにしゃがみこむ。
「バーナードも連れて来ればよかった」
バーナードはトムがくれたフクロウにわたしがつけた名前だった。トムは「フクロウに”強い熊”なんて…」と渋っていたけれど、彼は彼でバーナードを可愛がっているようだ。
そんなバーナードは、トムが指定した場所にホグワーツから持ち帰った荷物とともに送ってしまった。そんなわけで、わたしたちの荷物はほとんどカバンひとつと言っていい。
トムが急に姿現ししたせいで、わたしには一切旅行への準備をする時間がなかったのだ。
きらきらと光の粒子を跳ねたあとに残しながら、守護霊はわたしの周りをぐるぐると回る。そういえば、トムは最後まで守護霊を出すことができなかったな、と考えていると、トムが木の陰から現れた。
「もう用事は済んだ。行くぞ」
何でもかんでも唐突なんだから、とわたしはひとりごちていると、今度は姿現しで帰るらしいトムがわたしを思い切り引っ張り、そのまま姿現しした。
「あ、の、ね、え!姿現しするときは一言言ったらどうなの!アルバニアに来る時も、さっきも!」
次に現れたのは、白いレンガで作られた、正直言ってボロい建物の前だった。
いつの間にかわたしの手を握ったトムは勝手知ったるとでもいうようにその建物の立て付けの悪そうなドアを開いて入って行く。
すると、外見からは想像もつかないような広いロビーが、そこには広がっていた。わたしが思わずトムの顔を仰ぎ見ると、彼は涼しい顔をして言う。
「ロンドンで見慣れているだろう。マグル避けだ。ここはアルバニアの、魔法使いの旅行のために建てられたホテルの一つ」
その説明を聞いて周りを見渡すと、なるほど、ホテルのロビーらしくフロントやソファが並んでいる。
「って、ホテル!?今日中に孤児院に帰るんじゃないの?」
「まだ準備が整っていないから、ロンドンに帰るのは明日だ」
孤児院に帰るのに準備ってなんだ、と思いつつ、正直わたしはわくわくしていた。お泊まりするような旅行なんて、生まれて初めてだったからだ。
わたしの、うれしさを隠しきれない横顔を盗み見たのか、トムはふん、とどこか楽しそうに鼻を鳴らしてフロントへと向かう。
「トム・リドルで予約した者です」
「リドル様ですね、お待ちしておりました。1864室へどうぞ」
フロント係の人はトムに鍵を渡すと、二階へとつながる階段を指した。
わたしたちの部屋は二階の端にあり、アルバニアの街を一望できた。
魔法で広くされているのだろう、建物を外から見た時からは想像もつかないほど広く、そして綺麗な部屋にわたしは感嘆の声を上げた。
しかし問題がある。
「トム、一応聞くけど部屋って…」
「一部屋に決まってるだろう」
ベッドがきちんと二つあることに安心はしたものの、わたしはため息をつかざるを得なかった。
キスは(何度か)してしまったものの、わたしたちは特に恋人同士と言うわけでもない。
そんな男女が一部屋に、だなんて。変なところで気を使えないのがトムなのだ。
「安心しろ。きみに手を出したりなんかしないから」
「なかなかにカチンとくる一言ね!」
「手を出して欲しいのか?処女のくせに積極的だな」
わたしはソファの上にあったクッションを思い切り杖でトムにぶつけた。彼はデリカシーというものをホグワーツにおいてきたらしい。
そんなふうにバカな喧嘩をしながらも、トムはもうすでに暗くなった部屋の真ん中に置かれたテーブルのろうそくを灯し、彼の杖の一振りで蜂蜜酒のビンと、対になったグラスが現れた。
夜景とろうそく、そしてその綺麗なガラスのグラスが、なんだかロマンチックな雰囲気にさせる。
「ホグワーツに、乾杯!」
蜂蜜酒を注いだグラスをかちん、と合わせ、最初の一口を口にする。
口の中にとろりと甘みが広がり、それはどこか官能的な味でもあった。
「この蜂蜜酒、どこで買ってきたの?」
「きみの”親代わり”から、卒業祝いだそうだ。つくづくあのタヌキはきみに甘い」
そう言いながら憎々しげに顔をしかめるトムの頬にはうっすらと朱が混じっている。もうそろそろビンの底が見えそうだったけれど、それを察したのか机の上には赤ワインが現れた。
「この前成人したと思っていたのに、もう酒豪なのね」
わたしがそう言うと、トムがわたしの頬に手を重ねる。
「顔が真っ赤だ。きみが弱いなんて知らなかった」
わたしの頬に触れる、トムの手もまた熱かった。
「トム、わたし」
シャワーを浴びてくる、そう続けようとしたけれど、それが言葉になることはなかった。
性急に唇をこじ開けられ、口の中に広がったのはワインだった。
口移しで無理やり飲まされたそれは、口の端から伝ってしまう。服を汚さないように拭おうとしたけれど、トムの方が早かった。
流れて鎖骨に溜まっていたそれをすすり、ゆっくりと首筋を舐めあげるトムに、わたしはどうしていいかわからずその胸を押し返した。
「そんなもの、男にやめさせる理由にはならないよ」
トムは冷静にそう囁くと、もう一度唇を重ねる。奥に縮こまっていた私の舌を探り当て、角度を変えながら舌同士を絡めるトムは全く息が上がっていない。
わたしは、もうとっくに余裕がないというのに。
上顎をねっとりと舐められ、わたしは思わず膝を擦り合わせた。条件反射にも近いその動きをトムが見逃すわけもなく、ソファに座るわたしの膝の間に自分の膝を割り入れて閉じられなくしてしまい、その上ワンピースの裾から手を差し込んで直接太ももを撫でてくる。
手を出さないんじゃなかったの、と抗議してやりたかったけれど、トムはそんなわたしの勢いに気づいているのか口づけを離そうとはしない。
何も考えられなくなってしまう前に体を離そうと何度も彼の胸を押したり腕をはたいたりしたけれど、その手まで掴まれてしまう始末。
結局、くたりとソファに体を預けるまで好き勝手されてしまい、わたしは酔いもあいまってうとうとしはじめてしまった。
「…あなたが、わたしを女としてみていたことに驚きよ」
私がそう皮肉交じりに言うと、彼は涼しい顔をして言った。
「きみが僕を男としてみていなかったことに驚きだね。もうトム坊やなんかじゃないっていうのに」
「手を出したりなんかしないって言ったのはどこの誰よ!」
「きみが赤い顔をして誘ってくるのがいけない。今のは僕のせいじゃなくて、きみのせいだ」
彼はわざわざもう一度覆いかぶさってわたしの首筋に顔を埋めると、きつく吸い上げるちり、とした痛みを残してシャワーへと向かった。服はお互い一切乱れていないのに、トムはわたしを簡単に侵してゆく。
「わたしたちはどこへいくんだろう」
わたしのつぶやきは、誰の耳に届くこともなくアルバニアの夜に溶けた。
指先の熱は今日もくすぶっている
指先から嘘がこぼれないように/心臓から愛があふれないように