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Chapter3-6
ついにこの日がやってきた。
若い魔法使いの学び舎、そしてわたしとトムにとってはそれ以上の意味があるこのホグワーツから、わたしたちは卒業する。
「なにたそがれてるんだよ、ナマエ!」
わたしの感傷を一切無視してばし!と音がなるほど背中を叩いたのは、振り向かなくてもわかる。フリーモントだ。
「卒業試験もリドルに負けたんだろ?あんなに勉強してたのにな」
ふてぶてしくもそんなことを言いながら桟橋のわたしの隣にならぶフリーモントは、なんだかんだ言ってわたしと同じくこのホグワーツの校舎を目に焼き付けにきたようだった。
「永遠にここにいるような気がするほど長く感じたのに、終わってみるとあっという間だったなあ」
呟くようにそう言ったフリーモントの横顔は晴れ晴れとしている。しかし言葉に寂寥感がにじむのは仕方ないことだろう。
「ナマエは魔法省に入るんだったな、たまに会いにいくよ」
「ユーフェミアとの結婚式、ちゃんと呼んでくれなかったらゾンコのネズミ花火を送りつけるわよ!」
彼はそれは困ったなあ、と笑い混じりに言うと、わたしの背中を押した。
「レディはこれから準備があるだろう、プロムのための。エルがきみを探していたぞ」
「なんてこと!なんでそれを先に言わないの!」
きみが聞かないからだ、と笑う彼を置いてわたしが寮へ走ると、もうすでにドレスを身にまとい美しく装ったエルが腰に手を当ててわたしを待っていた。
「一番のイベントを前に、あなたはどこでなにをしてたの!昔っから変なところそそっかしいんだから…」
その台詞に、彼女と過ごした時間がいつの間にかこんなにも長かったことに改めて気づく。
彼女はわたしがドレスを着ると、「あなたはメイクをして!」と言いつけ、わたしの髪を梳かしはじめた。昔からどこかお姉さんのようだったエルと離れてしまうのは、わたしにとって何かを失ったような気分だ。
そう伝えてみると、エルは少し声を震わせ、
「パーティの前にそんなこと言うのはずるいわ!」
と小さく鼻をすすった。
髪を美しく結い上げたエルは、わたしの化粧の仕上げをし始める。そうしてトムがくれたパンプスに足を通すと、鏡の前には自分とは思えないほど飾ったわたしが映っている。
「これを忘れちゃだめよ」、と着替えの際に外していたネックレスをエルがきちんとつけてくれ、わたしたちふたりはしばらく抱きしめ合った。
「あら!遅刻よ。エル!早くきて!」
「レディは少し遅刻するくらいがいいのよ」
「そんな悠長なこと言わないの!」
大広間へ向かう階段に着くと、彼はもうすでにそこでわたしを見上げていた。
「きみが遅刻するのはお約束だとわかっていたよ」
周りに人がいるためか、いつもより優等生ぶった台詞を吐くトムに、エルは小さく歓声をあげる。
「彼と幼なじみだなんてうらやましいわ!どこまで行ったの?」
そんなふうに耳打ちしながらも、側から見たらエルはとても優雅に階段を降りているのだから、彼女を侮れない。
「ミス・マクスウェル、ナマエをここまでエスコートしてくれて感謝するよ。彼女ひとりだったら、パジャマ姿のナマエとダンスしなきゃ行けないところだった」
トムがエルの手の甲に唇を軽く落とすと、エルはくすぐったそうに笑みをこぼした。
「いいのよ、だってナマエはわたしの妹分だもの」
わたしたちが顔を見合わせて笑い合うと、トムはわたしの手を取って大広間へと歩き出す。
いつもわたしの前ではあまり話さないとはいえ、こんな日に挨拶もなしだなんて、と考えていると、曲が始まった。
曲に合わせてわたしをリードするトムは完璧だった。
深い青のドレスローブはきちんとしたタキシード型をしていて、胸には赤のハンカチが挿し色にしてある。それは、わたしの靴に合わせてくれたのかもしれない。
しかしトムはダンス中にもわたしを見ようとしなかった。何か拗ねてるの?と尋ねても、なにも答えないままだ。
すると、ダンスの中の移動でこちらへとやってきたフリーモントが、わたしに近づくと「今日のきみは最高に美しい。ユーフェミアの次にね」とウインクしながら言い、そのままくるくるとユーフェミアをターンさせて離れて行った。
「あれを言いにきたの?とんだおのろけだわ」
あきれた、と言いながらわたしが目を回すと、トムがわたしの首に顔を埋めるようにして囁いた。
「少し抜け出そう」
さっきまであんなに無視してたくせに。そう言いたかったけれど、トムはわたしのドレスの腰のくびれたところを抱いて、そのまますたすたと大広間から出てしまった。これでは自然すぎて誰も気づかなかったろう。
「どうしたの?」
「これ、取ってきた」
いつの間に取ったのだが、細いシャンパングラスに入った小さな泡を立てるそれをわたしに渡すと、トムはまた歩き始めた。
仕方なくそれについていくと、彼はホグワーツの敷地を見渡せるバルコニーで足をとめる。
バルコニーの柵に手を置いたトムは、シャンパンを一気に煽る。魔法ですぐにまたグラス一杯になると、またそれを口にした。
「ちょっとトム、ほどほどにしときなさいよ」
わたしがそのグラスを慌てて奪おうとすると、トムはグラスをわたしに預ける代わりにわたしの腰をぐい、と引き寄せた。
両手に華奢なグラスを持ったわたしはそれに逆らえず、トムに至近距離で見下ろされることになる。
「今日のきみは綺麗だ。だれよりも」
きみがあまりに綺麗だから何も言えずにいたのに、フリーモントに先を越された、とトムは小さく愚痴る。
それは魔法の言葉のようにわたしをそこに縫い止めた。さっきからグリフィンドールの同級生達に何度かそう言ってもらっていたけれど、トムの言葉はまるで何かが違うように。
「僕がこれからすることは、だれにも理解されないかもしれない。でも、きみについてきてほしい」
それは懇願ではなく、もう決まっているかのような口ぶりだった。わたしが「どういう意味?」と問う前に、トムはシャンパンの味がするキスを強引に落とした。
わたしはシャンパンの入ったグラスで両手がふさがっているのに、彼は空いている両手でやりたい放題だ。わたしが逃げられないように後頭部に手を回してしっかりと引き寄せ、片手は腰に添えている。
「口をひらいて、ナマエ」
その言葉のあとは、なにも考えられないほどぐずぐずにされてしまうと、わたしは知っているのだ。
そうして結局「そんな顔はとても他の男には見せられない」と抜かしたトムはそのままプロムに帰してはくれず、抜け出したことに気づいていたエルとフリーモントに、ホグワーツ特急の中で散々からかわれるのだった。
夢の終わりに口づけを残して
しあわせな夢をいつまでも見ていたい。