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Chapter3-5
頻繁にというわけではないけれど、必要の部屋でのお茶会はわたしたちにとって恒例となっていた。
「わたしたち、働き始めてもしばらくは孤児院にお世話にならなきゃいけないのかしらね。行くあてもないし」
「さあ。どうかな」
「そもそもどこで働くかよね、寮があればそこに住めるのに」
紅茶を飲みながら何気なく言ったその一言に、トムは顔を上げた。
「きみはどこで働くつもりなんだ」
「あら、首席のあなたにとっては当然かもしれないけれど、次席のわたしにだって魔法省からスカウトが来るのよ!」
わざとらしく憤慨したように言うと、彼の手が止まった。きみが魔法省?とでも言いたげな顔だ。
「はいはい!もう何も言わなくていいわよ。それで、話したいことって何?」
彼はお得意の片方の眉毛を吊り上げる表情をすると、手に持っていたカップをテーブルに置いて背もたれに預けていた体を起こし、膝に肘をついた。
「二つあるけど、重要な方から言う。きみのご両親のことだ」
トムの口から出た言葉に、わたしは目を見開いた。両親。私は顔すら見たことない。物心ついた時には両親は亡くなっていて、祖母に預けられていたのだ。
「きみはマグルだと自分で言っていたろう。でも、きみのご両親は二人とも、ホグワーツを卒業した魔法使いだ」
「だって、おばあちゃんは何も言わなかったわ」
「ご両親ともマグル生まれだったそうだから、説明しようにも分からなかったんじゃないのか」
「もし、本当に魔法使いなら…魔法使いなら、事故なんかで死なないはずよ」
「きみのご両親は揃って魔法薬の研究所に勤めていたらしい。そこで何があったかは知らないが、事故死と新聞に載っている」
彼が差し出した新聞には、笑顔でうつっている男女の姿があった。アラン・ミョウジとアイリーン・ミョウジ、祖母から聞いていたままの名前だ。
二人の写真は初めて見た。祖母の家には、二人の写真が一枚も残されていなかったからだ。
「トム、あなたが調べてくれたの?わたしのお父さんとお母さん」
わたしがそう言い切る前に、涙は勝手に頬を伝っていた。手の甲で拭っても止まらないそれは、次から次へとぽろぽろ流れ落ちていく。
いつの間にか隣に座ったトムが、少し戸惑ったようにわたしの背中を撫でる。
「まさかきみが泣くとは思ってなかったんだ」
そう、何も悪くないくせに弁解するみたいな口調で言うトムがどうにも不器用に見えて、わたしは泣きながら笑ってしまった。
そのままぎこちなく背中に手を回して抱きしめてくれるトムをきつく抱きしめて、わたしは子どもの頃以来といえるほどわんわん泣いた。
「落ち着いた?ナマエ」
そうわたしを覗き込んでくるトムに、こくりと頷くと、彼は新聞の切り抜きをわたしに押し付け、「持っているといい。きみの支えになるだろう」と小さく呟いた。
親子の愛だなんて信じていないくせに、きっとわたしに合わせてそんなことを言ってくれているのだ。
その不器用な優しさに、また涙が出そうになる。トムを困らせるとわかっていたから我慢したけれど。
「トム、もう一つ話があるんでしょう。聞かせて」
「あー…」
トムは珍しく言いよどんで、目を逸らした。その態度に、よほど言いにくいことなのか、と顔を覗き込むと、彼はバツが悪そうにため息をつく。
「ダンブルドアが、卒業式後のプロムに着ていくドレスを―きみの、ドレスを、見繕うようにとわざわざ僕を呼び出して言って」
言われなくても僕がするに決まってるんだが、と付け加えるところはトムらしいけれど、珍しく口ごもった理由はそれだったらしい。
ダンブルドアからの頼みを素直に聞いたのがよほど悔しいのか、彼は複雑な顔をしていた。
「あなたが選んでくれたんでしょう、トム」
彼が差し出した白い箱を開けると、そこには薄い銀色をした、流れる水のような手触りのドレスが入っていた。肩ひもを持って持ち上げると、それは手触りの通り水の中にたゆたうように揺れ、マーメイドデザインになっているのがわかる。
トムはわたしの手を取ると、いつの間にか表れた鏡の前に立たせ、「合わせてみて」と後ろから囁いた。
「うれしい、トム。あなたがくれたあの赤い靴にもぴったりね」
わたしがそう言うと、トムはわたしの首に手を回し、そっと何かを首元にかけた。
それは、トムの瞳とそっくりな黒い石をあしらった華奢なネックレスで、石を透かすと深い海のような青に変わった。
「わたし、あなたになにもかもしてもらってばかりだわ」
わたしは堪え切れなくなってしまい、ドレスを腕にかけたまま後ろに立つトムを抱きしめた。彼はわたしの勢いを受け止め切れず、後ろのソファに倒れこむ。
「じゃあ、きみは僕にひとつ、贈り物をしてくれ。きっと僕の目を見ればなにを欲しがっているかわかるから」
わたしを受け止めているトムが、自然とわたしの腰に手を回した。
見つめ合っている彼の瞳に吸い込まれるようにして、わたしは彼のくちびるに、ひとつ口づけを落とす。
まさかはじめてから二回目のキスを自分からする羽目になるとは思っていなかったので思わず赤面したわたしに彼はくすくす笑うと、「きみはキスだけで言うと、キンダーガーデンの子どもたちにも劣るんじゃないのかい」と囁いて、わたしの髪を梳きながらもう一度顔を近づけた。
淡くて曖昧だけど
あつい頬を隠したくて。