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Chapter3-1
マートルが殺された。
ちょうどリドルと廊下で会ってそのまま次の教室へ向かおうとしていたわたしは、生徒たちの不吉なざわめきに目をやり、そしてその中心に腕がだらりと垂れた魔法で浮かぶ担架があるのを見た。
「リドル、あれ……」
わたしは呆然としたままリドルへ振り向いた。その瞬間、死んだらしい、女子トイレで、一人で泣いていた――そんなざわめきは耳に入らなくなった。
リドルの黒曜石のように黒かったはずの目が、血のように真っ赤に染まっていたからだ。
わたしはハッとして目をそらした。リドルの表情は読めない、けれどなんだか恐ろしさを感じてしまって、どうにも見ていられなかった。
「ミョウジ、行こう」
リドルがわたしの手を掴んで、その喧騒から遠ざけてしまう。
わたしはその手に逆らう気力もなく、それに従った。
その横顔を盗み見ると、いつもの瞳に戻っている。けれど、先ほどのリドルは、いつものぶっきらぼうなリドルでも、優等生らしく振舞うリドルでもなく、全く別人に見えた。
わたしたちがどこへ向かうというわけでもなく廊下を歩いていると、普段より幾分顔色が悪く見えるダンブルドアが階段から降りてくる。
「先生、ホグワーツはどうなるのですか」
「このままでは、ホグワーツを続けて行くわけにはいかないかもしれぬ」
その言葉を聞いたリドルは、パッとわたしの手を離して歩き出した。わたしはその背中を追いかけようとしたけれど、「ナマエ」というダンブルドアの静かな声に止められる。
「ナマエ、私の部屋へ来てはくれまいか」
「はい、先生」
リドルがいたらなんらかの理由をつけて断らせていただろう。リドルはダンブルドアが嫌いだから。
わたしはダンブルドアの静かに悲しみをたたえた背中を追った。
「お座り、ナマエ」
ダンブルドアの部屋に入ると、わたしたちは向かい合って座った。時折こうしてこっそり、ダンブルドアにお菓子を分けてもらったものだ。しかし、その時のゆったりした時間は、もうここには流れていない。
マートルの死が、すべての空気をかたく変えたことをわたしは感じていた。
「きみは、マートルを気にかけていたね」
わたしは、マートルがあそこで泣いていることを知っていたのだ。
5年生になり、監督生になったわたしは、マートルがレイブンクローだけではなく他の寮の子たちにもからかわれ、いじめを受けていることを知っていた。
その場で注意などはしていたものの、なかなかそれがなくならないため、ダンブルドアにも相談していたのだ。
そして、同じく監督生だったリドルにも一応伝えたのだ。
レイブンクローでいじめがあり、その女の子が三階の女子トイレでいつも泣いている、と。気にかけてあげて、とわたしが言うと、リドルは顎に手をやって考え込んでいた。
彼がぼそりと呟いたのは、「三階の女子トイレ、か…」という言葉だけで、その日はそのまま歩き去ってしまったのだ。
わたしは何故か、ダンブルドアの部屋の椅子に座りながら、その時のリドルの表情や声を思い出していた。
「ナマエ、きみは何か、私に言いたいことがあるのではないかね」
ダンブルドアは静かにわたしに問いかける。わたしはその顔を、顔を上げて見つめ返すことはできなかった。
「いいえ、先生。何も」
わたしがそう言った瞬間、ダンブルドアの部屋になだれ込むようにして校長の守護霊が入ってくる。
「ダンブルドア!リドルが、リドルくんがやってくれた!犯人を捕まえたのだ!」
わたしとダンブルドアはようやく顔を見合わせ、そして唇を引きむすんで部屋を出て行くダンブルドアを見送ったわたしは、その部屋にひとり取り残された。
月が隠れた夜
もう元には戻れない、と誰かが言う。