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わたしは天文台にいた。ここには示し合わせたように誰もこない。ゴースト一人さえ。

もしかしたら、ひとりになりたい生徒はここに呼び寄せられるのかもしれない、そういう魔法が、ここにはかけられているのかも。

そう考えていたときだった。

「ナマエ」

振り向いた先にいた人を見て、わたしは安堵なのだか落胆なのだが、自分の感情を見失ってしまった。

「オリオン」

わたしは彼の名前を呼ぶだけに留めた。

「もう星が出る頃だ。肌寒いんじゃないか?」

オリオンは自分が手に持っていたブランケットをわたしの肩にかけると、さりげなくわたしの隣に座った。

「そうね、あなたの星が出る頃よ」

ホグワーツからは星が綺麗に見えるけれど、冬は余計、澄み切った空気が美しく星を輝かせる。見上げると、そこにはオリオンの名前を冠した星座が瞬いていた。

「君が僕の星座を見ているなんて光栄だ。そのためにここにきたのなら、もっといいのだけれど」

「そうね、わたしは星を見に来たのよ」

そうではないと知っているのか、オリオンはくすりと笑い、わたしと同じく星を見上げた。いつの間にかわたしの冷えた手に彼の手が重ねられていて、その手はこんなに寒いというのにあたたかかった。三本の箒で彼がわたしの手を握った時も感じたけれど、彼は体温が高い。まるでけもののように。

「君は手が冷たいな」

わたしが考えていたことを読んだかのように、彼は唐突にそう言ってわたしの手を握りこんだ。余計彼のあたたかさがわたしに滲むようで、まるで彼と溶け合うような心地になる。

「手が冷たい人は、心があたたかいというそうだ。君はどうかな」

オリオンはそんなことを言いながら、白い吐息がわたしにかかるほど顔を近づけた。彼の彫刻のような顔の造形を間近で眺めるのは、悪い気がしない。

「じゃあ、手がこんなにあたたかいあなたは、とても冷たい人だというの?」

オリオンはそれに答えなかった。
目を閉じて、と小さく囁くと、わたしが目を閉じるのを待たずに口付けた。彼の唇は熱かった。何もかもを溶かすほど。きっとわたしの唇が雪でできていたら、またたくまに雫となっていただろう。

「あなたの火遊びを、あなたの婚約者は知っているでしょうに」

わたしは自分でもわかるほど、興ざめなことを彼に言った。しかし、彼は特に気分を害した様子もなく、わたしの腰を抱く。

「僕はこういう遊びが好きだ。そして、君もだろう」

とうとうオリオンはわたしを持ち上げて、彼の膝に乗せてしまった。わたしを見上げるような体勢になっても、オリオンは自らを王だと知らしめるような雰囲気を持っていた。

「今まであなたがどれだけ手加減していたのか、思い知らされるわ」

わたしがそう言うと、オリオンは彼の膝にまたがるわたしの太ももを撫でながら笑った。

「女王様に言いよる従者を演じるのも悪くない。そういう遊びであれば」

オリオンはわたしの髪に指を差し込み、優しく――けれど、有無を言わせず、引き寄せてもう一度キスをした。トムがしたこともないような、甘ったるく、そうして捕食されているかのようなキスだ。

「僕は君の飼い主に睨まれてしまうかもしれないな」

オリオンは、まるで全てを知っているかのようにそう言った。「知っているの?」と馬鹿げた質問が口からこぼれそうになるのを、わたしはすんでのところでおさえた。

「君の沈黙の使い方に、僕は魅力を感じる。けれど瞳が雄弁なのがたまらない。冷たいひとだと思っていたけれど、違うようだ」

――迷子のような目をしていると、さらわれてしまうよ。

オリオンはわたしの首にかかった髪をよけると、そこに残っているであろう無数の鬱血を指でなぞった。わたしがぴくりと体を揺らすと、彼は楽しげに笑う。

「こんなもので僕に諦めさせようとするなんて、君たちはずいぶん可愛らしいままごとをしているみたいだ」

「こんなことができるのは子どものうちだけよ、そう、今だけ」

わたしはやっと口を開いてそう言った。わたしがやっとのことで守っているこの世界を嘲られたのが気に食わなかったのかもしれない。

オリオンはくすくすと笑うと、わたしの髪を梳きながら言う。

「じゃあ、僕も混ぜてくれ。その子どもの遊びに」

オリオンは、心の底から楽しんでいるようだった。わたしを得ることは、きっと彼にとって狩をすることなのだ。退屈な貴族たちの遊びを、わたしを獲物にしてするつもりだ。

「ええ、オリオン。きっと楽しめるわ」

わたしは彼と同じように、彼の黒髪に指を通した。艶やかな見た目と同じように、するりと掴めないそれは、彼と似ていた。

わたしはこうして、抜け出せない砂丘に落ちていくようだ。いつまでたっても、どこへも行けはしない。

よるべのない二人




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