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ついに、トムが言っていた日がやってきた。

わたしを連れてきたということは、トムにとってこの戦いは勝って然るべきものということだろう。きっと、ほとんど高みの見物になると考えているに違いない。ここは、純血の家系でありながらトムに抗っている、あちらの勢力の旗印になっているような家の屋敷だった。わたしより二、三学年下に、この家の一人息子がいたように覚えている。雨が降っているせいで、普段は開放的に見えるであろうこの屋敷は、どんよりと暗い空気をまとっていた。

「さあ、待たせてはいけない。ご招待に預かろうではないか」

トムが嬲るような声で言いながら、自らの杖をゆっくりと指先で撫でる。それを合図に、死喰い人たちが黒い靄のようになって屋敷の敷地へと侵入した。彼らはトムが来ることを、知らないに違いない。無防備な姿のまま、殺されるのだろう。トムは満足げに屋敷を眺めながら、徐ろに屋敷へと続く石畳に足を踏み入れた。わたしも、その後に続く。トムに言われて、わたしはいつかの舞踏会で母が使ったらしい仮面をつけていた。わたしの顔が割れると面倒だと、そう考えたらしい。

屋敷の中は凄惨な様相を呈していた。カーテンは無残な切れ込みが入り、高級そうなソファもその機能を残してはいない。荘厳な造りだったであろう屋敷は、もはやあばら家のように隙間風が吹き抜けている。上の階から、囁き声のように命乞いが聞こえてきた。「やめてくれ……お願いだ、やめてくれ!」切実な声は、この家の当主だろうか。しかしすぐにその声も止み、屋敷にもう一度静寂が戻る。二度と、光が差すことはないだろうとさえ思えた。

その時だった。ざっざっと複数人の足音が、近づいてくるのがわかる。トムが悠然と振り向いた。まるで客人を迎える主人のように。

中の様子を伺うように、さざめきのような声と気配が感じられた。闇払いだ、とわたしは思った。トムはわざと、この屋敷を襲うことを隠さなかったのだった。すべてを一度に片付けるため。トムの表情に、嗜虐的な色が浮かぶ。月明かりが破れたカーテンから漏れ入って、彼の顔に影を落としているせいで、余計にそれが顕著に見えた。

「怯むな!ヴォルデモートを捕らえるのだ!」

そんな発破をかける声とともに、闇払いたちが四方から飛び込んでくる。途端に、閃光が飛び交い始めて、もはや敵も味方も入り混じった戦いの火蓋が落とされた。トムの姿を見つけた闇払いたちが強力な呪文を放ってくるのを片手でいなしながら、トムはわたしの腰を抱いて彼の元へと引き寄せた。そしてそのまま、煙のように姿を消す。

次にわたしの視界が戻ったのは、見たことのない寝室だった。けれど、下からは絶え間ない喧騒が聞こえてくるため、同じ屋敷の上の階だということがわかる。「ここにいろ」そうトムは言った。

「奴らを残らず片付けた後、君を迎えにくる」

「いつもあなたに置いていかれてばかりだったから、信用できないわ」

わたしの言葉に、トムは鼻を鳴らして笑う。今回ばかりは約束を違えることはない、なんて、そんな言葉を残したトムは、また姿くらましで消えてしまう。わたしだって戦えないことはないのに、妙なところで過保護なものだ。知らない匂いのするこの部屋は、下で起こっていることが嘘のように誰かが生活していた名残が残っている。

わたしはぼんやりと、昨日の夜のことを考えていた。わたしの腹に手を回してねむるトムの腕を抜けて、わたしは月の妙に明るい光に照らされながら廊下を歩いていた。目指したのは、あの書斎だ。どうしても、知りたかった。

日記を開くと、わたしが書き込むより先に『もう開くなと言われたのでは?』という文字が浮かび上がってくる。聞いていたのか、それともトムが命じたのか。『けれど、君は来ると思っていた』間髪入れずに、そう書き込まれる。

『あの日答えをきちんと聞けなかったから』

わたしは羽ペンをとって、そう文字を綴った。返事は、すぐには返ってこなかった。わたしが何を尋ねたかったのか忘れているのか、それとも答えを考えているのか。わたしは気長に待った。沈黙の使い方は同じなのね、と思いつつ、同じ人間なのだから当然かと考え直す。しばらくして、『彼女のことか?』と短い言葉が返ってきた。

『ええ。なぜあなたは今更、彼女を殺そうと思ったのかしら』

『僕も記事を見たが、本来彼女ではなく、彼女の夫を狙ったのだろう』

偶然姿を見られた女を消しただけでは?と、日記の中のトムは言う。「そうね、」とわたしは呟くように言った。そうかもしれない。トムの面影を感じた彼女がヴォルデモートの正体を知ってしまう前に、ただ何の感傷もなく、杖を向けただけかもしれない。

けれど、どうしても――想像せざるを得ないのだった。昔少なからず共に過ごし、あまつさえ恋人という肩書きを共有した女と、殺そうとした男の妻として相見えた時、彼は何を考えたのだろうか?と。わたしは小さく吐息を吐きながら、ペンを置いた。あの日からずっと、わたしは何かに閉じ込められたような思いを抱えている。

日記を閉じようとした時、そこに新たに文字が書き加えられているのを見た。

『もし、彼女を殺したことに何か意味があるなら――』わたしはページを閉じかけていた手を、はっと止める。

『君が喜ぶのではないかと、そんなことを、考えたのでは?』

やさしいだけの光はいらない



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