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ベッドの端に座って珍しく煙草を燻らせているトムが、その薄い唇から煙を吐き出すのをわたしはぼんやりと見つめていた。

白くはかないそれが立ち上って消えゆくのを魅せられたように目で追っていたわたしは、トムの指先から煙草を奪うと、胸いっぱいに吸い込む。慣れない煙でけほ、とむせたわたしに「馬鹿だな」と呆れた声で言う彼は、わたしの手から瞬く間に奪い去って、ゴブレットに押し付け火を消してしまう。

「あなたがそんなものを嗜むなんて、知らなかったわ」

わたしがそう言うと、トムは猫をかわいがるような手つきでわたしの髪を撫でながら、「もう二度とやらないさ、マグルの道楽など」と切り捨てる。あれは昨日トムが余興ついでに殺したマグルの持ち物だった。

「一ヶ月後に」、そうトムが切り出す。

「一ヶ月後に、今まで我々の周りで小蝿のようにうるさく飛び回った奴らを一掃する。馬鹿な奴らだ、のこのこやってくるだろうが奴らは大勢の犠牲を出し、我々は偉大な勝利を得るだろう」

「……そう」

わたしは彼の膝にすり寄るようにして頭を預け、演説のように繰り広げられる彼の構想に相槌を打った。きっと、彼だってわたしに何か意見を求めているわけではないのだ。彼は口にすることで、考えを整理しているのだろう。

煙草という手慰みを手放してから、トムは一層わたしの髪を熱心に梳いた。意識的なのか、それとも彼の癖になっていたのかもしれない。それきり口を閉ざしたトムに、わたしはなんとなく彼の声を聞き続けたくて、口を開く。

「ホグワーツを卒業してから、わたしを思い出すことはあった?」

トムはわたしの質問に、少し不意をつかれたような反応をして、けれどそれは瞬く間に、何事もなかったように消えた。片眉を軽くつりあげると、「なぜ?」と質問で返してくる。

「質問には、yesかnoで答えるべきよ」

わたしは彼の膝の上で仰向けになると、たしなめるように頬を撫でる。つるりとした顔の線は、どこまでも繊細だった。彼は渋々といった様子で「度々、君の顔がよぎった」と答えた。

その言葉が意外で、「きっとはぐらかすと思っていたのに」と思わず口に出すと、「尋ねたのは君だ」と苦々しくトムは言った。

「特に何か、きっかけがあったわけじゃない。ふとした瞬間に、君のつけていた香水や、話し方、何気ない仕草が浮かんだだけだ。

もっとも、君の名前を出すたびにアブラクサスが性懲りもなく反応するから、少しからかってやるために口にしたこともあるが」

わたしはトムのそんな子どもっぽいいたずらにくすりと笑みをこぼして、「ひどい人ね、捨てた女をだしにするなんて」と囁いた。

「ここに来ることを決めた時、彼奴は最後まで反対していた。私が来るだけで、君の寿命が縮むとでも思っていたんだろう。もしかしたら、私が君をすぐさま始末すると考えたのかもしれない」

トムはするりとわたしの首を撫でた。まるで、わたしの命を彼が握っていると言うように。それは、彼にとっては当たり前のことで、わたしにとっては喜びであると同時に、最大の悲劇でもあるのだけれど。学生だった頃が懐かしい。あの頃は、卒業が終わりだった。ホグワーツを出た先には冷たい死だけが待ち受けていると、そう信じていた。彼の瞳を見つめながら、外の世界を知らずに消えてしまうことができると。

「あなたがいない間、わたしはそれだけを望んでいたわ……」

彼の手を取って頬を寄せ、骨ばったそれに頬ずりすると、トムはたわむれに唇や、耳たぶを指でかすめる。まるで恋人同士のような触れ合いだというのに、わたしたちの間には悲しいほど、愛だけがないのだった。

日に日に、彼の手でこの世から消し去って欲しいという気持ちが増していく。だというのに、トムはそれをちらつかせながら、一向に実行してやしないのだ。 “限りがあるから花は美しく咲く”、と、わたしはそう言った。もうすでにわたしはその時期を過ぎようとしているのに、いまだに留まり続けている。

わたしの言葉に、饒舌だったトムが答えることはなかった。わたしの顔を両手ですくい上げるように引き寄せると、そっと体を曲げて彼は口づけをした。どこか神聖な儀式じみたそれを、わたしはまぶたを伏せて受け入れる。滑り込んでくる舌を唇で優しく食む。このキスにはどんな理由が?口にできない二つ目の質問に、彼が答えることはあるのだろうか。いまだに燃え尽きないのか、ゴブレットから細く、白い煙が上っている。目線を外したことに気づいたトムが、頭を引き寄せた。途端に、口づけが深くなる。

「ん……っ、もう、」

「――もう少し」

最愛になれないなら、せめて消えゆく輝かしい思い出にして欲しいのだ。

a doze(n) of pain




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