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わたしは幼い子どもの亡骸を抱きしめて、森の中で膝をついていた。先ほどまで幼子らしく赤くしていた頬は、色を失っている。腕の中に抱えているのは、まるで人形だった。

「ナマエ、早くしろ」

死の呪文を唱えたばかりとは思えない冷静な声で、彼が急かす。いや、もしかしたら苛立ってはいるのかもしれない。わたしがこうやって、無意味に時間を割いているから。

様子を見にきたらしいアブラクサスが、トムの後ろから姿を見せた。子どもを抱えているわたしを見て、眉にしわを寄せている。しかし彼は何も言わなかった。トムの後ろに控えているだけだ。

「先に行って」

わたしがそう言うと、トムがあからさまに機嫌を害したのがわかった。最近のトムは、わたしが思い通りに動かないことが昔からは比べ物にならないほど、気にくわないらしい。昔はもっと、わたしが何をしようが寛容的だった気がする。いや、ただ単に興味がなかったのかもしれない。

「ナマエ一人を置いてか?もうすぐ闇払いがくる。アズカバンの寝心地が気になるわけでもないだろう」

トムはアブラクサスに「先に行かせろ」と言い死喰い人たちの元へ向かわせると、わたしの手の中の子どもに杖を向けた。トムにとってはただの空になった入れ物にすぎないだろう少年に、彼がすることは容易に予想できる。

「…わかったわ」

わたしはそう言うと、少年の体を気にもたれ掛けさせ、その丸い頬をそっと撫でた。彼は名前を口にすることもなく、いってしまったのだ。彼の骸が、きちんと見つかるといいと思った。朽ち果てるには、あまりにここは寂しすぎる。

「情が湧いたわけでもあるまいに」

トムがどこか吐き捨てるようにそう言った。おまえはそんな女じゃないだろうと、そう言いたいのかもしれない。あるいは、馬鹿な女だ、だとか。

しかし、そうかもしれない。わたしはただ、そんなふりをしているだけなのかもしれない。彼が人殺しなのはとうの昔に知っているというのに。罪のない子どもをあっけなく手にかける姿を見た、ただそれだけだ。

「ええ、そうね。――でも、わたしは一度もひとを殺したことがないのよ。あなたとは違ってね」

わたしはそう言いながら彼の腕に自ら手を絡ませて、しなだれかかるように頭をもたれさせる。

「そうだったか。君は閨で婀娜に振る舞う純潔の女のように、人殺しの顔をした淑女というわけか」

「仰々しい言い回しね。死の呪文だなんて、口にしたこともないのに」

わたしたちはぴったりと寄り添ったまま、トムに付き添って姿現しした。毎回のことながらこの感覚はとても不快で、二度としたくないと思うのに握ったトムの手が力強いのでずっと身を委ねていたいとも感じる。そんな些細な二面性が、わたしの心にはあるのだった。

「疲れたわ。しばらく休みたい」

屋敷についたわたしがそういうと、トムは気まぐれなのかわたしの腰を抱いてエスコートしてくる。バルコニーを二人で上る時の、まるでごく普通の恋人のような行為はわたしをみじめにさせるだけだというのに。

「夕食は?」

彼がそんなことを尋ねるので、わたしは思わずくすりと笑ってしまう。

「何の風の吹き回し?」

「久しぶりに、君と夕食を共にするのも悪くない」

最近は死喰い人との会食が増えていたので、わたしは別室で一人食事をとっていた。しかしあまり喉を通らず、一口二口でフォークを置いていたのだけれど。

いつのまにかトムが屋敷に置いていた屋敷しもべ妖精は、わたしたちが席に着くと同時にテーブルをあたたかな食事で満たした。随分と豪勢だ、と思う。しかしついていたのがリゾットだったので、わたしは安心していた。これだったら、いつもよりは食べられるかもしれない。

グラスに注がれたワインは赤い。あの少年は血を流して死んだわけでもないのに、わたしはなぜか彼の死を連想していた。乾杯、というように軽く掲げられたトムのグラスに倣って同じように持ち上げ、そして傾ける。くちびるを湿らせるその味は、この上なく甘美だ。わたしが一口飲んだのを、トムは射抜くような目で確かめていた。彼の目が、満足げに細められる。

向かい合って座るトムは、メインの肉を切り分けている。ずいぶん人間味のなくなった彼が食事をしているのは、なんだか違和感を感じた。しかし、昔と変わらない彼の貴族のような所作は、ホグワーツの大広間での食事を思い出させた。

「なんだか懐かしいわね、昔を思い出す」

わたしが思わずそう口に出すと、トムは鼻で笑って「あの騒がしさは二度と感じることがないだろうな」と言って、またフォークを口に運ぶ。その言葉に、ホグワーツの生徒たちのさざめくような声が蘇るような心地がして、わたしは軽く目を閉じた。もう一度目を開けた時、そこにはまたホグワーツの見慣れた光景が広がっている気がして。

「君がそんなにホグワーツを懐かしんでいたとは」

トムが空になったワインを魔法で満たしているのをぼんやりと見つめながら、わたしはすべて思い出となった過去を思い出していた。あの時のわたしが、いちばん輝き、そして美しかったのだろうか。

「あの頃に戻りたいと、そう考えることはある?」

わたしが不意にそう尋ねると、彼はどこか口元を緩めたような、そんな風に見える表情を浮かべて言った。

「大晦日に君を抱きしめてねむった、あの晩になら一度だけ戻ってもいい」

柔らかなる針のごとく




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