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雪が降っている。雪の中の屋敷は、いつもよりいっそうさみしげに見える。

そう考えながら屋敷を見上げていると、窓の一つに影があるのが見えた。――いや、影ではない。彼が、見下ろしている。雪を。その中に立ち尽くす、わたしを。

わたしは思わず、あたたかな体温に触れた手を後ろ手に隠した。そんなことをしたって、何の意味もないことを知っているのに。トムはそんなわたしに構わず、ただ見つめていた。そんな彼を見上げていると、なんだか彼がどうしようもなく恋しくなって、先ほどまで憂鬱なほどに足を踏み入れたくなかった屋敷の中へと歩き始めた。トムは、そんなわたしから目を離さない。

屋敷は中に入っても、凍えるほどに寒かった。

白い息を吐きながら、ゆっくりと階段を上がる。わたしの足音を、彼が聞いているだろうと確信しながら。彼が窓に映っていた部屋は、わたしの寝室だった。彼はそこで、わたしを待っていたのだろうか。

そんなはずはない、と思いながらも、わたしは寝室に向かっていた。彼がまだそこにいるという予感がしていた。

扉を開けると、そこには窓を背に立つトムがいた。その彼の顔を見て、わたしは妙に納得してしまう。わたしが人の表情に頓着しない理由が、わかってしまったからだ。トムは何の表情も浮かべていなかった。彼は、ホグワーツで笑っていた時も、そしてわたしといるときも、表情で自身の内面を他人に読ませることなど、しない。だからわたしは安心して――そう、安心していたのだ――彼のそばにいられた。分かりっこないという前提は、無理に読む必要がないことと同義ですらあるからだ。

「どこに行っていた、ナマエ」

抑揚のない声に引き寄せられるように、わたしは彼の元へと歩みを進める。トムは、どこか恍惚としたわたしに気づいたようだった。あの日以来、どこか彼を拒絶していたわたしの態度との違いに。

「散歩に。雪がすきなのよ」

わたしはそう答えると、すでに彼の息がかかるほど近づいた体を彼に添えて、手を握りこんだ。冷たい彼の手より、わたしの手は冷えている。微かなあたたかさを追うように、いつもより強く、彼の手を握る。

「私に嘘をつけると思うな。誰と会っていた?」

トムは、ホグワーツ時代にわたしに開心術を試して以来わたしに使うのをやめたようだった。けれど、使わずとも嘘かどうかくらい見分けられる、と豪語していた。そうしてそれが外れたことはない。

わたしは彼の胸に頬をすりよせながら、「名前も知らないひとよ」と答えた。トムはどんな顔をしているのだろう。気になるけれど、顔を覗き込むことはしない。

「最近、愚かにも私を狙う人間が集っていると聞く。あまり出歩くな。格好の標的になる」

「あら。心配してくれてるの?むしろ餌にされるかと思っていたけれど」

わたしは彼の言葉にくすくすと笑った。やけにおかしかった。何もかも。

わたしは顔を上げて、あいた手でトムの頬を撫でた。トムはいつもの、何も読み取らせやしない顔のままわたしを見下ろしている。美しい顔だった。学生時代からは変わってしまったけど、彼は美しい。陶器のような肌を確かめるように何度も手のひらを滑らせていると、トムがわたしの手を掴んだ。

「何を考えている?最近の君が何を考えているのか、私は理解できない」

彼がそんなことを言うのは意外だった。理解できないことを認めないか、あるいは何を考えていようがどうでもいいと、そう切り捨てるのが彼だと思っていたからだ。彼がなぜそう尋ねたのか、わたしは知りたかった。けれど彼が答えるはずもないので、黙って彼の頬の線を、そして鼻梁の高さを確かめていると、昔言われた言葉が蘇る。『君の沈黙の使い方に、僕は魅力を感じる』。けれど、彼は気づいていたのだろうか。わたしが持っている言葉など、高が知れているということに。

結局のところ、わたしが自分のものだと言えるものなんて、一つもないのだ。

いつまでも彼の質問に答えないわたしに、トムは痺れを切らしたようだった。彼の顔をたわむれになぞっていたわたしの手を取ると、「私の目を見ろ」と引き寄せられる。彼が何をしようとしているのかがわかった。今まで使わなかったくせに、こんな時に使おうとしているのだ。自分勝手にわたしの心を暴く呪文を。

「いやよ、トム」

わたしはついと顔を背ける。トムは強引にそちらへと向かせようとするけれど、身をよじって拒絶した。最近は彼の言いつけに従いすぎた、と考えながら。昔のわたしはもっと、自由だったはずなのに。その頃の勘のようなものを取り戻したくて、わたしはこうしているのだった。

「何を考えているかって?わたしが考えてることなんて、いつも一つでしょう」

もう一度トムの胸に頬をすりよせて、わたしは囁くように言った。トムは諦めたのか、それともわたしが気づかぬ間にすでに彼の知りたい答えを知ったのか、もう無理にわたしを彼へと向き直させようとはしない。

その代わりに、彼はわたしの手を引いてベッドに押し倒す。どさりと音を立てて倒れたわたしを見下ろす目は、どこか冷たくて、けれど凪いでいた。

わたしはもう一度手を伸ばして、彼の頬を撫でる。それが彼の素肌だと知っているのに、まるで仮面に触れているような心地になる。

「トム、わたしはあなたを裏切らないわ」

わたしの言葉に、トムは頷くでもなく、ただわたしの首筋に顔を埋めて香りを確かめるように息を吸い込むだけだ。

今日は、また誰かが死んだらしい。名前も知らぬ、誰かが。

騙し雨 damashiame




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