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目を覚ますと、ちょうど空が明るみ始めていたところだった。隣には誰もいない。わたしが眠ってからすぐに出たのだろう。

昨日、トムは何も言わなかった。ただの一言さえも。しかし、彼の沈黙こそが、トムの “らしくなさ”を表すようで、わたしは困惑していた。しかし、彼の腕の中でねむるのがやはりしあわせで、そのせいでまた涙が出そうになる。わたしはトムを、拒みきれないのだった。だから、彼の手にかかって消えてしまいたいのに。

わたしはベッドから起き上がると、粛々と身支度をした。外は、ひどく冷える。昨日から降り続けている雪は、今日のうちに止むことはないだろう。わたしはローブについたフードを深くかぶって、屋敷の扉を開けた。一面雪景色だ。

久しぶりに、彼を伴わずに外に出る。一人きりで吸い込む空気は、余計にその冷たさが喉を刺す気がした。

そうしてその場で回転すると、寒さを忘れる暇なく見慣れない土地に降り立った。どこか寂しさを感じさせる街だ。人っ子一人いない。道に面した店さえ、看板も出さずに締め切っている。もしかしたら、それは彼女の事件のせいかもしれなかった。

ゆっくりと歩みを進めると、探すまでもなくその土地の墓地が見つかる。彼女が、すでに埋葬されていることは知っていた。あとは墓石に刻まれているであろう彼女の名前を探すだけだ――。

そしてそれを探すのも、思いのほか容易に見つかった。彼女の墓の周りには、様々な種類の花がそれを覆い尽くすまでに手向けられていたからだ。彼女が周囲の人々にどれだけ愛されてきたのか表すように。わたしはかろうじて見えている彼女の名前の上からそっと雪を除きつつ、それをなぞった。この下に燃えるような赤毛がねむっているとは到底思えなくて、わたしは白い吐息を漏らす。あの薔薇色に上気した丸い頬が、潤んだ瞳が。永遠に失われたなど信じられない。

「本当にそこにねむっているの?」

わたしがそう囁いた瞬間、ぱきりと枝を折る音が耳に入った。

「彼女は確かに、そこに眠っているよ」

突然かけられた声にわたしが振り向くと、そこにいたのはひとりの男だった。見覚えがある――彼は、写真の中の彼女の隣で微笑んでいた、彼女の夫だった。わたしは思わず立ち上がり、彼と対峙するように向き合う。彼の手には、彼女のためだろう、花束が抱えられている。

「あなたは彼女の――?」

こちらを窺うように彼が尋ねたので、わたしは短く「学友です。ホグワーツ時代の」と答えた。すると彼は「ああ、そうでしたか」とあいまいに微笑んで、そっと彼女の墓に花を手向けた。

「わざわざありがとうございます。彼女も喜んでいるはずだ」

彼は人好きのしそうな温和な顔立ちをしていた。きっと、似合いの夫婦だったろう。お名前を伺っても?と尋ねるので、ミョウジと、姓だけだけ答える。彼はダームストロング出身だからか、私の姓を知らないようだった。それに少しばかり安堵しつつ、わたしはもう一度彼女の墓に目を向ける。

「今回のことは残念です」

わたしは、感情を抑えた声で囁いた。他にかけるべき言葉が見つからなかった。思い出話でも語るべきなのかもしれない。しかしわたしにはそれが何一つなかった。しばらくぼそぼそと世間話のようなとりとめのない会話を繰り返すと、彼は漏らすように言った。

「――今でも、私はどうすべきだったのか分かりません。私は、あの……強大な魔法使いの仲間に加わるのを断った。思想に肯定する、反対する以前に、実のところ興味がなかったのです。ただ、今の生活を送りたかっただけだ」

彼女と、そして僕たちの息子と。そう付け加える彼の顔は悲痛だ。

「そんな時に、闇の魔法使いに対抗する組織があることを知った。妻は私と違って正義感が強く、犠牲者を増やしたくないと彼らに加わるまでは行かずとも支援をし始めた。私もそれに協力しました」

わたしは、トムに抵抗する集団がいることを、そこで初めて知った。そして正義に燃える彼女の姿は容易に想像できて、何一つ変わっていないのだ、と思い出の中の彼女を追憶する。

「本当は、殺されるはずだったのは私だった。あの日、妻は実家に帰る予定だったのです。しかし私に急な仕事が入って、一日それが伸びた。息子はすでに近所の親戚に預けていたおかげで助かったのですが。きっと闇の魔法使いも、私を殺すつもりだったはずです」

だんだん彼の目に火が灯るのをわたしは見た。彼は、なにも知らない第三者のわたしだからこそ、このように語るのかもしれない。

「私は――ミョウジさん。大それたことです。口に出すのもはばかられる。けれど、必ず――妻の仇を討ちます。たとえ刺し違えてでも」

彼は杖を、彼の手が白くなるほど握りしめていた。わたしはその手にそっと自らの手を重ねる。冷えたわたしの手より冷たいその手は柔らかかった。今までの人生が幸福に満ちていたであろう手だ。彼がトムの前に躍り出ることを想像する。きっとこの手は震えているだろう。呪文も唱えられないほどに。しかし爛々と光る目は、トムだけを捉えているはずだ。

この、無謀な決意によって、大きな失意の中にいる彼の生きるよすがが出来るなら、それでいいだろう、とわたしは考える。

わたしは静かに「Orchideous」と墓のそばに向かって唱えた。そうして墓の前で背中を丸める彼を残して、その場から姿を消した。

いたみ / 悼み




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