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屋敷にこもりがちなわたしに、魔法界で起こった出来事を伝えるのはもっぱら機嫌のいい時のトムか、フクロウが届ける日刊予言者新聞だけだ。

気が向いた時しか目を通さないそれが、今日はたまたま目に付いた。ホグズミードで一晩を明かした――何度屋敷に戻ればよかったと後悔したことか――わたしが朝死喰い人たちを置いて早々に屋敷に戻った時、ちょうどフクロウがベッドサイドにはらりと落としているところだったのだ。わたしはその一面に見知った顔を見た気がして、それを手に取った。そしてそうしたことを――ひどく悔やんだ。

紙面いっぱいに写真とともに載った記事は、「薄幸の夫人、闇の魔法により死す」だった。そこにうつっているのは、見間違うことはない、トムの隣で屈託無く笑っていた赤毛の彼女だ。きっと彼女の家族から提供されたものであろうその写真の中で、豊かな赤毛を恥ずかしそうに指先でもてあそびながら微笑んでいる彼女の隣に立つ男性の腕には幼い赤ん坊が抱えられている。きっと、夫と、彼女の息子なのだろう。幸せを絵に描いたような夫婦だ。

新聞には、彼女の生活の慎ましさと、それを襲った悲劇について過剰なまでのドラマティックな表現で書かれてあった。犯人は、分かっていないらしい。

けれど、わたしはそれが誰なのか、知っている。

無意識に手が震えていた。その震えを押さえようと思い切り、指先が白くなるほど握り締めたけれど、それは止まらない。息苦しいほどの感情の乱れに、胸の痛みが増していく。これほどまで――これほどまでとは。

わたしは新聞を暖炉に投げ捨てると、杖を思い切り振った。たちまちのうちに燃え盛る暖炉の中で、それはゆっくりと灰になっていく。溶けるように消えていく彼女の笑みを、わたしはただ見つめていた。わたしから何もかも奪い去っていくのね、とその顔に吐き捨てたかった。憎い。これほどまでに、人に対して憎いと感じたことはない。

ベッドに体を伏せて、胸の痛みをやり過ごそうとしたけれど、かえって涙が溢れるばかりだった。トムを愛していると自覚してから、彼のために泣いたことはなかった。いや、人のために泣いたことなど、きっと物心ついてからはなかった。けれど、これほどまでに失意に陥ったことは、今までの人生の中で――こんなに陳腐な言葉はないだろうけれど――なかった。

会いたくない、彼に会いたくない。こんなことを考えるのも、初めてだったかもしれない。いつも、彼を求めていた。どんな時も、彼がわたしを見ることを望んだ。けれど、今は、違った。

しかし皮肉なもので、そう思っている時こそ彼はやってくるのだ。屋敷の扉が開く音が聞こえた。今日ここを訪れる者は、彼くらいしかいないだろう。わたしは無駄だと知りながら、扉に厳重に呪いをかけた。アロホモラ程度では開かないように。

「ナマエ」

扉の外から、彼の声が聞こえる。きっと、扉に呪文がかかっていることに気づいたに違いなかった。わたしは、彼――トムが、わたしが平静ではないことを察することを願っていた。この程度で心を乱すような馬鹿な女だ、とそう失望されてもいいから、彼と会うよりましだとさえ考えていた。

しかし、無情にも扉は開く。彼にとっては造作もないことだろう。

「ナマエ、何のつもりだ」

トムがそう言いながら部屋に足を踏み入れた時、わたしはトムに背を向けたままベッドに腰掛けていた。彼がまっすぐにこちらに向かっていることを知りながら、他になすすべもなく。

彼がわたしの肩を掴んで彼の方へ向けた時、わたしは隠しきれないほどに目を赤くしていて、みっともなく泣いていたことは明白だった。トムはそんなわたしを怪訝そうに見つめている。わたしは視線を逸らしながら、彼が部屋を出て行ってくれることを、いまだに期待していた。

しかし、いつまでもわたしを見つめたまま黙り込んでいるトムに、わたしも耐えきれなくなってしまった。

「……みじめだから、もうやめて」

ぽつりと、弱々しくそう呟いたわたしに、トムは「何をだ」とぶっきらぼうに言った。

「わたしを見つめるのも、わたしの前に立つのも、わたしを乱すのも、もうやめて」

「私が君に何をした」

わたしの全てを見透かしている、そんな目をいつもするくせに、こんな時に限ってそんなことを言うのだ。ずるい、だとか、ひどい、だとか、そんな幼い言葉でしか彼をなじることができない。それらと共に、彼の問いに答える言葉を口にするのはどうしてもできなくて、わたしは唇を噛んだ。

“好きよ、トム”、そう柔らかく微笑んで彼に朗らかに愛を告げた彼女はもうこの世にはいない。わたしは、彼女が羨ましかったのだった。わたしが臆病にも、トムの中の自分を壊すのが怖くて言えなかった言葉を、彼女は何のてらいもなく彼に与えた。

そうして彼女は、わたしが唯一彼に望みを告げることができた、 “わたしをあなたに殺してほしい”という望みさえ、わたしより先に叶えたのだった。

愛は毒だ、と、まだ潤んだ瞳のままトムを見上げた。トムはどこか、戸惑っているようにさえ見える。いや、そんなはずはない、と考えを打ち消しながらも、彼の表情は何を考えているのかさえ読み取らせてはくれなかった。

涙の跡さえ見せたくはなかったのに、とうとう頬に一筋、雫がこぼれ落ちる。その拍子に、くちびるまでゆるんでしまったかのように、わたしは小さく――けれど、静寂に包まれたこの部屋にはしっかりと響く――囁いた。

「わたしは、いちばんに――誰よりも先に、あなたに殺された女になりたいとねがっていたのよ」

"いつものふたり"が消えゆく夜に




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