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オリオンとのデートはというと、退屈極まりないというわけでもなかった。
彼は女の扱いというものに長けていて、全ての仕草に余念がない。わたしがベンチに座ろうとするとハンカチを差し出し、わたしの歩幅に合わせて歩いてくれる。
「君のその冷たさも、きっと君を魅力的にしているんだ」
オリオンはそう言ってわたしにバタービールを差し出した。今まで一切誘いを受けなかった分、そうしたデートらしい口説き文句が新鮮だった。
「わたし、あなたとまともに話した覚えがないのに随分と熱心なのね」
わたしのそんな、あまりに無礼とも取れる言葉にもオリオンは笑って受け流した。
「君は僕の好みそのものなんだ。美しくて、聡明で、いつも退屈そう。僕が君を別の場所に連れていきたいと思わせる」
オリオンはわたしの頬を撫でてそう言った。トムが永遠に言いそうにない言葉だ。わたしは何の気なしにオリオンの手に自分の手を重ねた。オリオンは少し意外そうだったけれど、わたしの手に自らの指を絡めてつないだ。
「隣、空いてるようだから座ってもいいかな」
そんな時だった。聞きなれた声が降ってきたのは。
「トム、二人の邪魔をしては悪いわ」
赤毛の少女は困ったようにそう言って、眉毛を下げながらわたしとオリオンに小さく頭を下げた。他の席も空いてるのに、と言いたげだ。
「いや、大丈夫だよ。スリザリン同士なんだから」
オリオンは気前よくそう言うと、隣に座ったトムに微笑みかける。オリオンとトムが仲良く話しているところは見たことがないけれど、同寮同士接点はあるらしい。
けれど、トムと斜めとはいえ向かい合わせになるとなんだかオリオンと繋いだ手が汗ばむようでじくじくと嫌な感情が生まれる。
「トム、あなたもバタービールでいいかしら?」
可愛らしい声でトムの恋人が問いかけた。「ああ、」とトムは答えて立ち上がり、二人分を注文しに向かった。
「ナマエ、あなたがオリオンとお付き合いしているなんて知らなかったわ。あなたにオリオンが長い間片思いしているのは、スリザリンで有名だったから」
わたしたちに体を向けてそう言い始めた彼女に、オリオンが「まだそういう関係ではないんだ」とたしなめた。けれど、きっとオリオンはわたしを手に入れるのもそう先ではないと考えているだろう。
「ごめんなさい、わたしてっきりもうそういうことなのだと思って…。出過ぎた真似をしたわ」
しゅんと小さくなる彼女は愛らしかった。オリオンはむしろ、彼女を好きになるべきだろう。そう思うほど、彼女は魅力的だ。
トムが彼女を愛してはいないと知りつつも、わたしは全てを手に入れている彼女をよく思えない。
わたしが見つめているのに気づくと、彼女はきょとんとした顔をして首を傾げた。わたしはそれに小さく首を振ってオリオンに向き直る。彼の口についた白い泡を、わたしは指先で拭った。そのままその指を口に含むと、オリオンはわたしから目を離さず、まるで獲物を見た動物のような表情をしていた。
「ほら、君の分だ」
その時、トムが恋人にバタービールを差し出した。彼女は小さく歓声をあげてそれを受け取ると、両手でグラスを包んでそれを口に含んだ。
「ナマエ、君のグラスが空だ。もう出ようか?」
オリオンがそう言った。ここを出て、彼がどこに行きたいのか、わたしは彼の望みを知っている。彼は、わたしに彼の指を咥えさせたいのだ。
そうしてわたしが彼の言葉に応えようとした時だった。トムが、彼の前に置いてあったバタービールをわたしに差し出した。
「これを飲むといい。まだ喉が渇いているだろう?」
トムの親切そうな言葉は、その反面有無を言わせぬ響きを伴っていた。オリオンにとっては、全くもって喜ばしいものではない申し出だっただろうけれど。オリオンは落胆の表情を隠そうともしなかったけれど、わたしが彼を見ているのに気づくとすぐにそれを打ち消して「トム、ありがとう」とわたしの代わりににこやかに言った。
「わたし、トムの分をもらってくるわ」
そう言って駆け出した恋人の背中を見送ると、トムはオリオンに目を向けようとすらせずにわたしがバタービールを口に含み、そして飲み込むのを見つめていた。その喉の動きを、今すぐに止めてやろうというかのように。
そうしてトムは彼の恋人が持ってきたバタービールを煽り、全員が飲み終わると、「そろそろ戻ろうか」というトムの一声で四人で戻ることになった。
オリオンはわたしの腰に手を回して熱心に話しかけてきたけれど、わたしはもう彼を気に留める理由を失っていた。
「ナマエ、一緒に寮に戻ろう」
オリオンがそう言った。そのまま彼の部屋に連れ込むつもりかもしれなかった。
「それはいけない、オリオン。実はスラグホーンに言いつけられていたんだ。ナマエを部屋に連れてくるようにと」
トムがわたしたちを遮るようにしてそう言った。彼の恋人が「そうだったの?それならいけないわね」と無邪気にいうのを、オリオンは黙って聞いていた。
「僕も一緒に呼ばれているから、また夕食の時にでもナマエと一緒に帰るといい。じゃあまた」
わたしがオリオンと二人きりで廊下を歩くことはもうないだろう、そう思わせる響きだった。
トムはわたしの腰を抱きはしなかった。けれど、それ以上の強引さを持ってわたしを連れ出した。
愛と渇きの半球