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わたしとトムの出会いに何か劇的なロマンスがあったわけではない。

目が合った瞬間に、あ、同類だ、とそう感じただけ。

しかし、彼は一切本性を見せなかった。だから、わたしも何も言わなかった。

そんな日々を過ごしていたある日、わたしは突然廊下で手を引かれた。そうして気づいた時には空き教室に引きずり込まれていた。
時折そういう不躾な輩がいるので、わたしは慣れたものだった。顔を見た瞬間に呪いをかけてやろうとローブに伸ばした手は、あっけなく掴まれて壁に押し付けられた。

「やあ、ミョウジ。今日も素敵だ」

わたしを壁に追い詰めていたその人こそが、トムだった。言葉はいつも通りにこやかなのに、表情は違う。彼が時折、ほんの一瞬見せる獲物を捕らえた蛇のような目でわたしを見つめていた。

「ずいぶんと手荒な真似をするのね。優等生でいるのはやっぱりストレスなの?」

――だからこんな突飛なことをしてしまうのね。

わたしがそう言うと、トムはあからさまに眉をひそめた。

「君があまりに――そう、その不愉快な目で僕を見つめるから、何か言いたいことでもあるのかと思ってね」

トムはわたしの手を掴んだままそう言った。わたしが彼の本性を見抜いているように見えることが気に入らないらしい。

「わたし、あなたがどれだけ裏で悪事を働こうが、糾弾することはないわ。それに、わたしは何も知らないし、知りたくもないの。ただ平穏な日々を退屈に過ごしたいだけ」

わたしはため息交じりに言った。早く離してほしい、とすら思っていた。

「女王なんて馬鹿げたあだ名をつけられるだけあって肝が座っているようだな。このまま殺されても、君は抵抗できないというのに」

トムはわたしの喉元に杖を突きつけた。違うことなく気道を圧迫するそれに、生理的な涙が浮かんでいた。

「…やるなら、早くして」

そんな状況で強がりとも取れるわたしの言葉に、トムは楽しげに口角を吊り上げた。その目の中に赤がくすぶっているのを、わたしは見た。

「僕は君のその顔が見たかったのかもしれない」

その日、わたしとトムが授業に出ることはなかった。その空き教室が、わたしたちの密会場所になるまでにそう長くはかからなかった。そんな始まりも、もう数年前のことになる。



「トム!」

鈴を転がすような声が広間に響く。そう大きな声ではなかったはずなのに、彼女と、それからトムへの関心のせいで皆が耳をそばだてるせいだ。

「迎えに行くと言ったのに。そんなに朝食が待ちきれなかった?」

トムはとろけるような笑みを浮かべて駆け寄ってくる赤毛の少女を抱きとめた。彼女は少し気恥ずかしげにしながら、すっぽりとトムに収まってしまう。それほど華奢なのだ。小作りな顔は、きっとトムの手に収まってしまうだろう。

「早くトムに会いたかったから」

そんな可愛らしいセリフが言えるのは、きっと彼女だけだ。似合いのカップルに、周りもほう、と思わず笑みを浮かべている。

「ミョウジ、そこのチップスを取ってくれるか」

あくまで表面上は同寮同士なので、わたしはトムの言う通り彼の手に取り分けた皿を渡す。トムはそれを、彼の恋人と分けて食べ始める。

「ナマエ、今日の予定は?」

隣に座った同じくスリザリンの男子生徒がわたしの膝に自らの膝を擦り合わせながらそう問いかけた。今日はホグズミードの日だ。

いつもはぴしゃりと払いのけるものの、そんな気分でもなかった。そのせいで、わたしはいつになく曖昧な返事をしてしまった。

「何もないわ」

トムが一瞬、訝しげな目でわたしを見るのを感じた。しかし目の前の少女に呼び止められて、彼女の言う通りに皿に取り分け始める。

「ナマエは一度も僕の誘いを受けてくれていないじゃないか。今日くらい僕にチャンスをくれてもいいんじゃないか」

トムほどまではいかないけれど、男子生徒はそのハンサムな顔を近づけてそう言った。声が甘ったるくてデザートを食べる気が失せる。

「ええ、いいわ。でもその前に、あなたの名前を聞く必要があるわね」

男子生徒は一瞬むっとした表情を浮かべたけれど、それを拭い去って笑みを浮かべた。

「オリオン。オリオン・ブラックだ。スラグ・クラブで一緒だったというのにひどいな」

彼はそう困ったように言うと、わたしの膝を撫でて「約束を忘れないで」と耳打ちした。そうしてわたしの耳朶に、軽くキスするのを忘れずに。

彼の名前を、本当は知っていた。純血の王を、知らないわけがない。彼の婚約者であるヴァルブルガは遠くで取り巻きたちと優雅に食事をとっていた。わたしたちのやりとりが見えてないわけではないだろうに、素知らぬふりだ。

彼が一度寮に戻るために広間を去ると、わたしは視線に気づいてそちらへ目を向けた。そこにはトムが、赤毛の恋人の手を握りながらわたしを見つめていた。人目のあるここでは顔を歪めることもできないのか、ただそうやって見つめているだけだ。

あなたはそうやって恋人の手を握るくせに、わたしが他の男といるのは許せないってわけ?

わたしは自分がどうしてこんなにままならないのか、やっと理由を見つけた。彼に嫉妬しているらしい。『愛を知らぬ』というダンブルドアの声が蘇った。愛を知らなかったのはわたしも一緒だ。だから彼を同類だと感じた。
だというのに今では、彼とわたしは全くの別物になった。わたしは彼がいう、最も弱い生き物になった。

けれど仕方ない、愛や恋というものは、勝手にやってきてわたしを通り過ぎて行くものだ。

わたしはトムの視線を気にもとめず、立ち上がった。広間の入り口には、オリオンが待っていた。


愚かなきみの骨の髄まで




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