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「どこへ行く」

わたしがローブを羽織って屋敷の扉に手をかけると、後ろから短くそんな言葉がかけられた。声からは感情が切り離されている。彼はいつもそうなのだけれど。

「言わなかった?オリオンがパーティを開くのよ」

きっとアブラクサスも向かうはずだわ、とわたしが付け加えながら振り返ると、トムは階段の手すりに手をかけたままわたしを見下ろしていた。彼はその表情にすら、何の感情もにじませやしない。わたしの言葉に応えることなく、トムはゆっくりと、優雅に螺旋階段を一歩一歩降りる。彼の革靴のカツ、カツという音だけが響いていた。

わたしは彼に、出かけることを告げてなどいなかった。

彼がわたしの前に立つまでの時間はやけに長く感じられた。体に沿うデザインの青いドレスを値踏みするようにつま先から眺めると、トムはわたしの頬に手を添える。彼の瞳が赤く燃えているのに、わたしは気づいた。しかし彼から目をそらすことなどできない。もしかしたら彼はわたしの言葉に嘘がないか確かめているのかもしれなかった。彼がよく死喰い人たちに使う手だ。彼は、誰のことも信じていないというのに裏切りを憎んでいる。

「私は君に――外出を許した覚えがない」

――君は私が、それを忘れているとでも言うのか?

まがまがしく、そしてうつくしい赤の瞳でわたしを覗き込んだまま、トムはそう問いかけた。これほど意地の悪い言葉をよくもまあ思いつくものだ、とわたしは思った。簡単な逃げ場を用意するほど、彼が優しい人間でないことは知っているのだけれど。

「外出に許可がいることを知らなかったわ。――わたしが覚えていないだけ?」

わたしがそう言って肩をすくめてみせると、トムは片方の眉を一瞬軽く吊り上げた。

「私の所有物が目の届かない場所に行くことを許すと、君がそう思っていたとは」

わたしの腰に回る彼の手に、わたしはすっかり出かける気を失っていた。わたしがどう足掻こうが、今日パーティに向かうことは無理だろう。オリオンに参加すると手紙を送ったのは数日前のことになるけれど、部屋に戻ったら一筆彼に送らなければならない。理由を添えることは難しいけれど。

わたしが諦めて肩にかけていたローブを手にかけると、トムはまた片方の眉を吊り上げた。まるで「何をしている?」とでも言いたそうな顔だ。

「わたしの主君は外出を禁じるおつもりでしょう?」

わたしが少しの嫌味を込めてそう言うと、トムは心底可笑しそうに笑った。

「目の届かない場所に行かせる気はない――私が手綱を握っているならば別だが」

トムはそう言いながら、白く、そして骨張った手をゆっくりと彼の顔にかざし、そして拭い去るように頭上へと滑らせた。わたしは思わず、「あっ」と小さく声を上げてしまう。そこにいたのは、昔の――ホグワーツにいた頃と寸分変わらない、トム自身の姿だったからだ。

トムは驚きを隠せないわたしの腰をエスコートするように抱くと、優雅な仕草で扉を開けた。冷たい風がわたしのドレスをなびかせるのにも構わずに、わたしはトムを見上げている。

「この顔であれば、会場を沸かせることもないだろう。君のパートナーとして、ブラック家のワインを飲んでいたとしても」

彼の言葉を聞きながら、わたしは闇の中にかき消された。トムによる付き添い姿くらましによって、わたしはその一瞬でブラック家の門の前に立っていた。

招待状を渡して中に入ると、会場の客たちの反応は様々だった。

ブラック家の主催するパーティというだけあって、そこに集まっているのは純血貴族、つまりわたしたちの代のスリザリン生も多数いる。彼の正体を知る者は先ほどのわたしよりも如実に驚きの表情を浮かべ、彼の正体を知らずとも同じホグワーツ生だった者は、しばらく姿を消していたトムの姿に目を見開いている。

そんなわたしたちの前に最初に現れたのは、他でもないオリオンだった。人々の波をかき分けて――というより、彼の道を邪魔する人間など一人もいなかったのだけれど――楽しげに笑みを浮かべている。

「これはこれは――驚いたな。また君たちの並ぶ姿を見られるとは」

わたしはオリオンに、彼が現れたことを伝えてはいなかった。オリオンは「まるで学生時代に戻ったようだ」とわたしの手の甲に口づけを落としながらうたうように言う。

「君の分の招待状を用意せずすまない」

オリオンはそう告げると、ウェイターにわたしたちの分の飲み物を用意するよう言いつけてまた人の波へと戻った。彼が、トムの現在をまるでなかったように振る舞うことにわたしは内心驚いていたけれど、トムは「食えない男だ」と鼻を鳴らしながら言った。

パーティは滞りなく――トムに好奇の目が向けられているにしろ、彼らは遠巻きにしていた――進んで行く。表立ってというわけにはいかないけれど、トムに丁寧な会釈を送る者たちがいることを、わたしは気づいていた。もちろん、その中にはアブラクサスの姿もある。しかし、彼の目にはちりりと敵意が混じっていることを感じずにはいられなかった。

不意にトムがわたしの手を引いてバルコニーへと誘うので、わたしは手にシャンパングラスを持ちながら夜風に吹かれることになった。冷たい風が肩を撫でるのにわたしが少し身をすくめていると、トムはどこからともなく現れたショールを寄越してくる。

「今日は満月なのね」

わたしがそう言うと、トムはわたしの手からグラスをすくい取って一口煽った。わたしは月というより、彼の唇が湿るのを、見つめていた。

「ナマエ」

トムはわたしの目をとらえると、その唇でわたしの名前を呼ぶ。彼がゆっくりとわたしに向かって体を折るのを、わたしはただ見ている他なかった。目を瞑るわけでもなく。

しかしトムはわたしの唇を奪うことなく、わたしの耳に唇を寄せた。わたしはいささか拍子抜けして、いつの間にか無意識に彼を受け入れようとしていた体の力を抜く。

「ここで少し待て」

トムはそう囁いて、さっさとバルコニーから去ってしまう。わたしは目の端で、従順に控えている人影がいるのを捉えていた。わたしはどうやら袖にされたらしい。

彼が渡したショールを肩にかけたまま握り込んで、寒さをしのごうとしたけれどやはりこの薄い生地では風を通すらしい。わたしはバルコニーの手すりにそっと腕を乗せて、もう一度月を見上げた。

従順にもなれやしないけれど、彼がいないとその場に縫いとめられてしまうわたしはほとんど、あの月と同じなのだ。

締めるもほどくもあなた次第




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