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「またここにいたのか」

わたしの背中に呆れたような声がかかる。普段の、理知的な計算され尽くした声色とは違い、その声が素に近いことをわたしはすでに知っている。

「トム、遅かったじゃない。そんなにスラグホーンとのティータイムがお気に召してたなんて知らなかったわ」

「君がいつのまにか消えていたから、その言い訳をするのに手間取ったんだ」

トムは当然のように天文台の石造りのベンチに座っていたわたしの隣に座ると、前髪を軽くかきあげた。そんな些細な仕草でさえ、様になる男だ。生徒たちだけではなく、教師たちでさえ魅了してしまうのも頷ける。

「飽き飽きしたの。あそこにいたって何も楽しくなんかない」

わたしたちは二人とも、スラグ・クラブのお茶会に呼ばれていたのだった。いつもは円卓を囲んでスイーツを食べているのだが、今日はそれぞれ自由に好きな場所に座って飲み食いをしていたため、わたしはさっさとその場を後にしてしまった。フラグホーンが嫌いなわけではないものの、虚栄心ばかりの目立つ生徒たちの巣窟であるあそこはただ息がつまるのだ。それに、わたしが脈なしだと何度も言っているのにもかかわらず言い寄ってくる馬鹿なスリザリン生が隣にすり寄ってくるのが我慢ならなかった。腰に手を回して何が入っているやもわからないグラスの飲み物を勧める彼の手を振り払ってわたしはここに来ていた。

「君にとってはそうだろうが、僕にとってはそこそこ役に立つ。人脈を広げることに関しては」

「また馬鹿げた悪だくみの話?」

わたしがそう言うと、トムはその涼やかな目をわたしに向けた。ほとんど睨んでいるように見えるけれど、わたしが特に気にする必要もない。いつものことだ。

「わたしが興味を示さないってわかってるのに話す方が悪いじゃない」

「君がそういう人間だから、君にだけ話してるんだ」

――そうしていつか、僕は君を殺すだろう。

そんな彼の言葉に、わたしは「早くしてね」と返しつつ、彼から目を離した。彼はわたしが目を逸らしたことが気に入らないようで、わたしの膝に手を置き、ゆっくりと太ももを撫でた。それでもわたしがトムへと目を戻さないことを知ると、そのまま太ももを掴んで彼の隣まで引き寄せる。

「乱暴ね」

ロープの上を滑っているため痛くはないものの、その怠惰な引き寄せ方にわたしが眉をひそめて非難すると、彼は満足げに微笑んだ。

「君はいつも僕だけを見ていればいい。違うか?」

「あなたは別のところばかり見ているようだけれど」

わたしのその言葉を意に介さず、トムはわたしの体の形を確かめるように手のひらでなぞりながら、唇を重ねた。珍しい。外でこんなことをするなんて、滅多にないのに。

「こんなところあなたの可愛い赤毛の子に見つかったらわたし、ただじゃ済まないわ。きっと髪を掴まれて、城中引きずられる」

「君と違って彼女はおしとやかだから、教科書に載っている呪いしかかけてこないだろう。きっとね」

そう密やかに笑うトムはひどい男だ。
彼には恋人がいる。純血で、貴族の、華奢なかわいいお嬢さん。完璧な恋人だ。誰しもが、トムと彼女をお似合いだと祝福する。もちろん、嫉妬に狂う女の子がいないわけではないけれど。

しかし彼女は知らないだろう。彼が一番好きなのは、相手の首を絞めることなのだ。首を絞めてあえかな吐息を漏らすのを見るとき、それがトムの一番の悦びなのだ。彼の目に赤い色がちらちらと浮かぶのを、わたしは何度も見た。いやというくらい、何度も。

「でもわたし、あの子の顔が怒りに歪むのを一度くらいは見てみたいわ」

わたしがそう言ってみると、トムは片方の眉を軽く吊り上げただけで何も返さなかった。わたしが彼との関係をあの子に明かすことなど万に一つもないとわかっているのだろう。

「僕は君が嫉妬するところを一度くらいは見てみたいが」

彼はもう一度わたしに顔を近づけ、唇を押し付けた。少し唾液に濡れた唇は冷たくて、しかしすぐに熱くなっていく。

「今日は心にもないことを言うのね。少し興ざめだわ」

わたしはトムの胸を押して体を離した。そのまま体に触れようとしていたらしいトムは不満げだ。わたしはそのまま立ち上がると、天文台を後にした。トムは追いかけてはこない。そういう主義なのだ、きっと。彼は誰かを追いかけることを敗北だと考えている。

天文台から降りる階段は、果てしないほど長い。地獄までつながっているのではないかと錯覚するほど。杖を持っているのに、地獄を信じているわけではないけれど。


愛したところで不毛な男だ。

トムについて考えるとき、わたしはいつもそう思う。いつだか、ダンブルドアがわたしに言った。『トムは愛を知らぬ』ただ、それだけ。ダンブルドアとわたしに表面上接点はない、ただ変身学で教わっているだけ、それだけなのに。
それにわたしは返した。『わたしが彼を愛しているとでも?』ダンブルドアは悲しげにわたしを見つめた。

まるで、全てを知っているかのように。

トムがダンブルドアを苦手とする理由がわかった気がしたのだ。ダンブルドアは危険だ。彼にとって、そしてわたしにとって。

彼にとって危険な理由は明快だ。彼の、仄暗い計画がダンブルドアに知れたら、全て水の泡になるだろう。それを、トムは恐れている。
しかし、わたしにとっては違う。馬鹿げた、心から馬鹿げた理由だ。

わたしはトムを愛してしまった。ただそれだけ。

わたしとトムの関係は、愛を混じらせた瞬間終わってしまうだろう。わたしはそれを恐れている。

彼がわたしを利用し尽くすまで、わたしは彼のそばにいたいのだ。そうして、彼の手で首を絞められたいのだ。

その日まで、わたしが彼にあいしているという言葉を与えることはない。

彼女は赤を知りすぎている




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